SYNTAX ERROR * BLOG = 脳髄の失禁
車内の取説 < 家の夫 < Google
- September 15, 2008 7:46 PM
- 暮らす
僕の車を、妻が初めて独りで運転して出かけていった。そんなわけで僕は、運転手と車体が無事に帰ってくるか家でやきもきしていた。しばらく経って妻から、「なんかへんなのでた!」という、緊急のようでいて全く要領を得ないメールが届く。シカかクマが環七に飛び出したかのように読めるけれど、きっと警告灯が表示されたのだろう。電話で確かめると案の定そうで、それは「壷の中にビックリマーク」という、これまた要領を得ない説明。そして送られてきた写メールが上の画像。これは僕も見たことがない。さて、困った。
バベルの塔の破片の破片 - コクニー、クッキー、ビスケット。
初めてPodcastでABCのWorld Newsを観る。なんで今まで試さなかったんだろう、というくらい便利。しかもスクリプトまでオンラインで買えるみたいで、もはや英語の勉強のためだけにスカパーやCATVでCNNとかに入る時代じゃないんだね。それはともかく、新鮮だったのは街頭インタヴューのロンドン英語(cockney)に字幕が入ったこと。この手の字幕(いわば「『からくりビデオレター』字幕」)、東南アジアやアフリカの人のインタヴューでは見覚えがあるけれど、でも、インド人では見たことがなかったかな?というのが寡聞ながら僕の印象だったからだ。
Day 3 - ヨセミテ国立公園からデス・ヴァレー国立公園まで
- August 2, 2008 10:53 PM
- 旅する
きょうは移動日だ。いや、正確に言うときょうは移動日の始まりだ。僕らはカリフォルニアのヨセミテ国立公園からネヴァダ州を跨いでアリゾナのグランド・キャニオン国立公園へと、2日間かけて1,100kmを走るのだ。きょうはヨセミテを発ってタイオガ・パス(Tioga Pass)を行き、そして395号線の風景を下ってデス・ヴァレー国立公園で投宿しようという算段だ。ただし一日の大半を車中で過ごすのも癪なので、早朝の軽いハイキングでヨセミテとの別れを惜しむ。
Day 2 - ヨセミテ国立公園にて
- August 1, 2008 12:15 AM
- 旅する
朝は6時くらいに起きて、森が切り取った小さな青空の下、ガス・バーナーでお湯を沸かして紅茶を淹れる。たったこれだけのことで、カレンダーの1日うしろにおいてきた東京の喧騒が、ずいぶんと遠くに感じる。休暇だ! 僕らが滞在するカリー・ヴィレッジ(Curry Village)から、ツアー・バスが発着するヨセミテ・ロッジ(Yosemite Lodge)まで、始発に近いのシャトル・バスで渓谷の朝を眺めつつ20分ばかり移動。新宿で買ったばかりの登山靴の紐を締めて、きょうはパノラマ・トレイル(Panorama Trail)という登山道を目指す。山の上から渓谷へと降りてくるのだ。道程13.7km、標高差975m。
Day 1 - サン・フランシスコからヨセミテ国立公園まで
- July 26, 2008 6:18 AM
- 旅する
JL2便がサン・フランシスコ国際空港に降り立つ直前、僕は入管書類の滞在先に「ネヴァダ州ラス・ヴェガス、MGMグランド」とだけ書いた。ヨセミテだのデス・ヴァレーだのグランド・キャニオンだのというよりも、最終滞在地のポピュラーな観光地のほうが"通りがいい"と思ったからだ。ところが係員に「どうやって行くんだ?」と聞かれるから、僕は正直に「運転していきます」と答える。サンフランとヴェガスは900kmも離れているのに。すると係員は、「じゃあデス・ヴァレーも行くのか?」という。なんとも察しがいい。「そうです。加えてヨセミテにもグランド・キャニオンにも行くんです。」と話したら、係官はアメリカを代表するかのような満足の笑みを見せ、そして僕らは「よい旅を」と快く入国を許される。こうして、実は900kmどころではない、2,000kmの旅がはじまる。
プレイメイトとデートするような - フォード「マスタング」
- July 24, 2008 4:35 AM
- 旅する
高校に通じるケヤキ並木には、いつも大抵、緑色でおまけにコンヴァーティブルのマスタングが停まっていた。それは決まって健康診断なんかをやる建物の前にあったから、おそらくは大学病院の医師のものだったのだろう。ともかく、そのアメリカ車は僕の高校時代の憧れだった。だから、サン・フランシスコのハーツの駐車場で、僕の名前が書かれた区画に銀色のマスタングが待っているのを見た時の驚きと興奮といったらない。ティーンの頃に憧れたプレイメイトと今、思いがけずデートするんだぜ。
重装歩兵の孤独な兵站 - JALフライトキャディサーヴィス
- July 23, 2008 5:14 AM
- 旅する
1週間ほどかけて、少々早足ではあったけれど、アメリカのヨセミテ国立公園、デス・ヴァレー国立公園、グランド・キャニオン国立公園を妻と巡ってきた。最初の問題は荷物の量だった。グランド・キャニオンではキャンプをするから、テント、イス、テーブル、寝袋、登山靴、食器の類。最後に寄るラス・ヴェガスでは多少洒落込みたいので、ジャケットと革靴。大きなスーツケースと、僕本人が入れるほどのダッフル・バッグで合わせて60kgにもなる。これに身辺用品のキャリー・オンが加わる。この重装歩兵のごとき装備でもなお、旅の幕開けを快適に迎えられたのは、はじめて使うJALフライトキャディサーヴィスのおかけだった。
あらすじ買い - ストラヴィンスキー「放蕩者のなりゆき」
英国王立歌劇場のスケジュールを確認したら、水曜日はストラヴィンスキー「放蕩者のなりゆき(The Rake's Progress)」という作品が上演されるようだった。結局、その晩は会食になって観劇は叶わなかったけれど、ストラヴィンスキーのこの作品、なかなか面白そうだ。それにしても、英国王立歌劇場(Royal Opera House)がYouTubeで興行の告知をしているのには驚いた。
ガッツだぜ - ステーキ・アンド・キドニー・パイ
美術館で3時間も立ちっぱなしで絵画と対峙していると、さすがに腹が減る。そこで、前から気になっていた英国料理、ステーキ・アンド・キドニー・パイ(steak and kidney pie)を試すことに。JALが機内でくれるガイドブックによると、ザ・ウィンドミル(The Windmill)という店が良さそうだったので、リージェント通りまで足を延ばして遅めの昼食を、けれど時間を気にしつつ急いで食べる。この英国風モツ煮、必要にして十分の濃厚さで意外にもクドさがない。ちょっとガッツィーなビーフ・シチュー、といったところだ。
豊潤の3部屋 - 英国国立美術館
ロンドン二日目の打ち合わせは午後3時からだったので、いろいろ思案した挙句、英国国立博物館(The National Gallery)に行く。もちろん何点かの目当てはあったけれど、ちょっとした暇つぶしのつもりだった。けれども、近代絵画のあまりに豊潤な収蔵品に取り憑かれ、結局は年代別に並んだ展示室のうち最後の3部屋で4時間もつかまってしまった。僕は思い立って、一冊のメモ帳――表紙はゴッホ「糸杉のある麦畑」だ――を急いで売店で買って、その3部屋の展示作を余さず書き留めた。個々の感想の前に備忘として書いておこう。
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