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自省的国際貢献論

 僕は感情の持続力が弱い。っていうか、ない。それでも、心底嫌いになれるものが2つあることを自覚した。それは、駅に向かって歩いている途中で、突然に。

  1. 途中で温度や水量が変わるシャワー
  2. なかなか水の溜まらないトイレ

 そこで、どれぐらい嫌いなのか試すために、こう考えてみた。「僕が『へなちょこシャワー』に耐えれば、世界から一切の戦争がなくなるとしたら、耐えられるか?」――。回答を考えるだけで徒歩10分の道程の半分は歩いたと思う。答えは、こうだ。我慢できる。ただ、タヒチかニースあたりに記念碑を建てて欲しい。出来ればワシントンDCのくらい立派なやつにして、この平和が誰の英断によって築かれたかを刻んで欲しい。それだったら我慢できるかも。

 オーケー。わかってます。地球には「へなちょこシャワー」で生活してる人が何百万人もいる。昔の彼女の部屋だってそうだったじゃないか。そして地球には、お湯の出ないシャワーで生活してる人も、自宅にシャワーすらなしに生活してる人も、そもそも衛生的な水さえもなしに生活してる人も何億人とか何十億人とかいう単位でいるんだし。

 僕が熱いシャワーをやめることで世界の不幸がなくなるとは思わないし、僕が熱いシャワーを浴びることで世界の不幸が統計学的な有意さ*1で生まれるとは思わないけど。でも、多少の相関関係、くらいじゃ「へなちょこシャワー」は我慢できないな。ってか、受忍しがたい。それこそ、世界恒久平和くらい実現してもらわないと。

 というエゴに気づいてみた日曜日の10分間。

*1:エネルギーの問題を鑑みれば政治的・経済的な影響はあると思う

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