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お見合いと出会い系と非公式折衝と裁判沙汰

 ニッポン放送のワラント発行を差し止める東京地裁仮処分について。利害対立の解決が法廷に委ねられた点に関し、ウォール・ストリート・ジャーナルは、法廷闘争よりもむしろ非公式折衝を好む日本の商慣行が変化している、と指摘している。

 興味深いのは、その非公式折衝が時に銀行や提携先によって仲裁される、と同紙が指摘している点だ。ここで言う「銀行」や「提携先」を、それぞれ「メインバンク」や「(株式を持合う)グループ企業」と読み替えてみると、「商慣行の変化」の背景が立ち現れる。つまり、主には直接金融へ向かう潮流によって「間接金融や安定株主に支えられた企業像」が色褪せ、その企業像を前提とした仲裁の機会もまた減少している、というのが変化の背景なのではないだろうか。

 僕がここで奇妙な類似を感じるのが「出会い系」で、共通の知人を介さずに個人同士が出会う仕組みは資本市場に似ている。

 出会い系のトラブルとして、例えば、そこで知り合った異性によるストーキング*1を考えてみよう。

 もし、親戚の紹介なり友達グループの紹介なりという「お見合い型」の出会い方をしていたら、ストーキングのトラブルはその親戚なり友達なりに相談されるだろう。そして、彼らを経由した、あるいは彼らを交えた「非公式折衝」での解決が試みられるだろう。それでダメなら警察に行く、というのが最大公約数的な対応じゃないだろうか。けれど、出会い系には「親戚」や「共通の友達」がいない。だから、泣き寝入りをしないなら警察沙汰あるいは/および裁判沙汰にせざるを得ない*2

 ここまでダラダラ書いたうえで結論として言いたいことは2つ。

 ひとつは、何も僕らが穏便な解決よりも「裁判沙汰」を好む闘争的な性格になったワケじゃなく、それは既存の関係性を超越した「出会い」の可能性が同時に孕む、共通の人間を介した「非公式折衝」の困難さに起因するんじゃないか、ということ。これは裏を返せば、日本人の美徳の如く言われてきた「和を以って尊しとなす」は、単に闘争が高コストだったために合理的に選択された解決方法だったのではないか、とも言えると思う。

 もうひとつは、僕らは「出会い」の可能性をとるなら時間的にも精神的にも経済的にも高負担な「裁判沙汰」*3を伴う公式折衝を覚悟しなければならず、穏便な「非公式折衝」を期待するなら「お見合い系」による可能性の限定を甘受しなければならないのではないか、ということ。*4

 

Tokyo Court Ruling on Livedoor Shows Change in Japanese Business

By ANDREW MORSE

Staff Reporter of THE WALL STREET JOURNAL

March 11, 2005 7:23 a.m.

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Livedoor ’s legal challenge of Nippon Broadcasting System’s planned warrant issue broke with traditional Japanese business practices that favor consensus over conflict. Rather than turning to the courts to settle their business conflicts, Japanese companies have historically negotiated their differences in closed-door meetings, sometimes refereed by banks or business partners that held stakes in the companies.

*1:僕は立会外取引による株式取得をストーキングとまでは呼ばないけれど、立場によってはそう見えるだろうことは認める。粘着質な女性が一夜のうちに僕の住むマンションの大家になるようなもので、その取引の合法性と感情論は別物だ。もっとも、かと言って勘定論を抜きに感情論に傾く経営者を肯定するつもりはない。まったく。

*2:警察沙汰/裁判沙汰となれば報道で取り上げられることも増えるし、それが質的には妥当な、しかし量的には過剰な「出会い系恐怖論」を煽っているように思う。

*3:裁判については時間的・経済的な負担が軽減されていく潮流にあるし、結果として裁判がより一般化するならば個人的・社会的な精神的重圧もまた軽減されて行くことになるだろう。

*4:もっとも、「出会い」の可能性と「トラブル解決」の困難さという二律背反をめぐるリスク・マネジメントという文脈で考えると、第3の回答としてのgreeやmixiなどSNSのような「知り合い系」があると思う。なにも両極だけが回答じゃないんだから。ただ、僕にとっては、その中庸を求めるためにも両極の理解が重要なのだ。

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