- 2005-07-07 (木) 0:00
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電車が駅に止まったとき、強引に降りようとする人に背中を押されることがある。
僕はまず強烈にムカっときて、次に「意趣返しで肘鉄でも喰らわしてやろうか」と息巻いて、そして思いとどまって一歩下がりながら「なんで押すんだろう? 一言いってくれればいいのに」と困惑を覚える。
「降ります」と声をかけてくれれば、快く道を空けるつもりでいたのに。
あるいは、彼/女は「降ります」と言っていたのかも知れない。彼/女の声が小さかったのかも知れないし、僕が日経新聞の株価欄に気を取られすぎていたのかも知れない。
あるいは、僕のイヤフォンからロックが耳障りに漏れていたのかも知れないし、iPodの白いイヤフォンがこれ見よがしで彼/女の気に障ったのかも知れない。
あるいは、僕はあまりに自分のことに夢中で、彼/女が電車を降りたがっていたことに気づかなかったのかも知れない。声をかけるだけ無駄に見えたのかも知れない。
だからと言って、いきなり背中を押さないで欲しい。だからと言って、いきなり時限爆弾のスイッチを押さないで欲しい。
せめてその前に、僕らに何が出来るのか聞かせて欲しい。それは僕らが気づいているべきことだったとしても、それは僕らにとって簡単なことじゃなかったとしても。もう一度、言葉に出して言って欲しい。イヤフォンを外すから、話を聞かせて欲しい。
幸いなことに、僕らは電車に乗っているワケじゃないから。誰かが「グローバリゼーション」と呼ぶ目的地が他の誰かの目的地と違ったとしても、別のひとの背中を突き飛ばして「降りる」必要なんて、実はない。ぜんぜん。
ちょっと路肩に止まって世界地図を広げて、みんなでどこに行くかを話し合うことだってできるはずだ。だから、早まって爆弾のスイッチなんて押さないで欲しい。地下鉄の中でも、爆撃機の中でも。
deeply inspired by きれいな空と、本当にあったオカシイお話、学生時代からタッキー:
テロリストは許せないと思う。反面、言い分はあるのだろうと思う。
それでは、テロを繰り返すだけのアホな集団なのか?
テロリストの言い分には、テロリストであるという事で全く聞く耳を持たない先進諸国、
テロしか手段が無く、言い分を表現仕切れないテロリスト。
爆弾が建設的なコミュニケーションを吹き飛ばして、コミュニケーションの失敗が導火線に火をつける。この悪循環が、僕をひどくイライラさせる。自分が解決の一助になれるのかも、自分が悪化の一翼を担っているのかも分からないから。
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