- 2005-07-11 (月) 0:01
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下記に引用するようなサイトを渉猟して、明治神宮の前にゴスロリの格好をした女の子が集まるのは当然の帰結だと思った。
まず、70年代のホコ天に端を発する路上バンド文化(もちろん代々木体育館と渋谷公会堂の音楽的な求心力もある)。
次に、バンド文化と相関が強いであろう90年代の裏原宿ファッション(「裏原系」の仕掛人NIGO氏がDJでもあることも無関係ではないはず)。
そして、同年代に隣の渋谷で爛熟したプリクラ文化。この3要素の影響を最も強く受けている場所が原宿駅前の五輪橋周辺なのではないかと。
- イヌヤマ★アキヒコ氏の指摘「ゴスロリの発生と終焉」がひとつの仮説として明快なので、少々長いが引用させてもらう。
まあ、早い話がロックやパンクがそうであったように、ゴスもまた<いじめられっ子文化>であり、本来ならばサブカル優等生の側にあるべきモノだった。‥‥‥元祖ビジュアル系のXファンはヤンキーばかりだったのだ! ドーン! つまり本来ならばサブカル優等生たちの間に思想的背景を重視したファッションとして浸透するはずだったゴスが、甘く薄くヌルめのヤンキー文化として日本に輸入されてしまった。‥‥‥ロリータはもともといい歳したオトナが金にモノを言わせてコドモ時代に謳歌できなかった青春を取り戻そうというルサンチマンの歴史だ。‥‥‥実際のところはもっとグラデーションがあるんだろうけれど、このロリータのアナーキズムとヤンキーに奪われていたゴス文化をミックスさせてゴスロリ誕生に一役買ったのはSHAZNAのIZAMなんじゃないかと思う。
- イヌヤマ氏のエントリーで引用されていた石埜三千穂氏の「ゴスとビジュアル系の不幸な関係」が、音楽を経由したゴスの軟化をいくつかのキーワードで指摘している。
内省的自意識を時に陰鬱に、時に攻撃的に表現するゴス・ロックのスタイルと、単にチャラチャラして少女受けを狙っているだけのビジュアル系を一緒にしてほしくないものである。とはいえ、実際問題、ビジュアル系のルーツがイギリスのゴス系バンドにあることは明らかだ。‥‥‥典型的なゴスの精神性は、「自意識過剰を自覚することの苦悩」だったりするのだが、ビジュアル系のそれは、「健康的なまでに単純明快なナルシシズム」でしかない。
- そして再度、イヌヤマ氏のエントリー「プリクラ少女と自己イメージ複製時代」で、石埜氏が言及した「ナルシズム」とプリクラ文化の近接が説明されている。
街で見かける≪お肌カサカサ★ロリータ*2≫っていうのは、アレは三次元世界ではまだ未完成品であって、プリクラというフィルターをかけてはじめて完成するモノなんですよ。
- 裏原宿文化発祥の年代については、SPA!誌の記事を参考にした。鹿児島大学の桜井芳生氏が紹介する「現代の若者にとって、裏原宿とは何か」という学生の発表資料より引用。
発祥は、今より約5年前。当時よりアンダーグラウンド的に支持を得ていた 若いクリエーター、JONIOと2GOが共同で、原宿の明治通りと表参道に挟まれた一角に店を出したことから始まったとされている。その後、彼らの友人や、後輩らが近所に続々と出店、共通の価値観を持つ集団が生まれた。 (SPA!{1999.4.14:20})
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