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ヘンデル/メサイア

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 ロンドンのホテルにチェック・インしてすぐ、自室にも入らずそのままコンシエルジュのところに行って、今夜のコンサートを教えてもらう。日曜のオーケストラ、朝のオノ・ヨーコさん、機内の「のだめ」、という流れに沿って、どっぷり音楽でいく覚悟。時差ボケがなんだ!

 選択肢は3つあった。ひとつはヘンデルのメサイア、ふたつめはバートウィッスルやプロコフィエフという20世紀の作曲家(どちらも知らない)の曲とベートーベンのピアノ協奏曲第4番、最後にスギヤマ・ミドリさんとクスノキ・チサトさんという「若くて有望で既に評価の高い」(Time Out London誌)ふたりのバイオリンとピアノでバッハやショパン。

 選んだのはメサイアで、クリスマス的な季節感、教会でやるというロケーション、そしてヘンデルという古さが決め手。バートウィッスルはクイーン・エリザベス・ホールという場所がすごそうだったけど、今夜は古典的に行きたかったのでパス。日本人バイオリニストとピアニストも応援したかったけど、せっかくなら大人数のを聴きたい、という身も蓋もないな理由でパス。

 部屋で眠気覚ましにコーヒー2杯を飲み込んで、いざ出発。セント・ジョンズ・スミス・スクウェア(St. John’s Smith Square)という、18世紀初頭に建てられたという古い教会に着くだけで胸が高鳴る。シャンデリアが照らす寒い構内にコートのまま腰掛けて開演を待つ。

 ちょっとした記念のつもりで買ったパンフレットには歌詞が英語で書いてあって、それを見ながら聴く。「汝よ…」的な古い英語らしく、eouろう、heehere?、なぜas spoken書かずにath spoken書く!などと格闘しつつも、なんとなく意味をつかむ。おかげで、ずっと歌に親しめた。

 印象的だったことが3つある。

 まずは、やっぱり、「ハレルヤ」。第2部の最後で、睡魔に負けそうになっていたか、あるいは、負けていたかの今際の際で、怒濤のハレルヤ。地球の引力が力を失って、遠心力で身体が引き上げられるような気がして、やばい召された!って思った。これは教会建築の構造による効果でもあるのだろうけど、透明なUFOキャッチャーに背中を掴まれる。

 ちなみに、この「ハレルヤ」で聴衆が総立ちになった。強烈に神を讃える部分だから立つのかなぁ、と思って僕も郷に従う。あとで調べたら、まぁ理由は当たっていたのだけれど、この部分で立つ習慣は1743年に国王ジョージ2世がそうしたことに端を発しているらしい。264年目のその習わしを、本場で受け継いで嬉しい。陛下、この習慣は僕が後世に伝えます!

 つぎに、第1部後半のトランペット。「Glory to God in the highest, and peace on earth, good will towards men.(「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ」ーー訳文は「くまさんのページ」より)」で高らかにトランペットが鳴り響くんだけど、前の楽団には見当たらない。見渡して探すと、なんと、背後のパイプ・オルガンの横で桟敷から吹いているんだよね。ヘンデルのときからこういう演出なのか知らないけど、本当に「いと高きところ」から音がやってくるものだから、神の栄光を感じちゃうよなぁ(暗示にかかりやすい僕)。

 そして、ロンドン市民たちと教会で並んで歌詞を片手に聴いて、はじめて意識する宗教性(いまさらかい!)。独唱や合唱の美しさにばかり気を取られていたけど、「If God be for us, who can be against us?(もし神がわたしたちの味方であるならば、誰がわたしたちに敵対できますか。ーー同上)」という歌詞を聴くと、クリスチャンじゃない僕はちょっとだけ肩身の狭い感じがしたりもした。他の多くの部分は叙事的であったりして、抽象的でそこまで「わたしたち」/「あなたたち」を感じさせないのだけど。

 僕は、中学校時代に聖書研究会なんてところに入っていたりしたのを除けば、クリスマスを祝って初詣をしていつか読経で送られる多宗教(「無宗教」というより)な日本人だ。そんなわけで、典型的な芸術のお題、って感じであまり宗教を意識せずに、メサイヤの響きやイコン画の色彩を楽しむことができる。でも、「誰がわたしたちに敵対できますか」的な部分では越えられない壁を感じてしまう。

 たとえば、さっき教会に集まっていた人たちは、メサイアの鑑賞に際して、どのような芸術性と宗教性(この曲で両者が不可分じゃないとして)のバランスを以てして臨んでいるんだろう? その答えがいずれであっても、僕は僕なりにしか接しえないけれど、興味がある。正直に言えば、もちろん、彼らの答えが芸術性に寄ったものであれば僕としてはなんだか気楽になるんだけど。

 そういえば、休憩時間に話したある紳士は日本に住んだことがあると言うから、あとで彼にメールをしてみよう。彼は間違いなく、日本の社会や文化にも通じているからだ。

 「東京のどこに住んでる?」って聴かれて、三宿は通じないだろうから「渋谷だ」と言ったら、「あの犬の名前はなんだっけ?」ときた。さらに「福田総理はどう? 典型的な感じがするけど。前の人は突然辞めちゃうし、その前は極端だったね」と。何者かと思ったら、ICUで政治学を教えていたとか。納得。

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