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Re: 広域避難場所はファックです

 ようやく『罪と罰』を読み終えたので、CDの束を返すべく三軒茶屋のツタヤまで行って、返す刀で文庫本を3冊買って、ついでに代沢十字路のサミットに寄る。晩酌のつまみはコンビニで買うよりも自分で作ったほうがいいと思ったんだよね。
 そこで、半額になったメカジキでバター・ソテーを作ることにして、電子レンジで簡単に温野菜ができるという器をみつけて、これでブロッコリーを食べることにする。古い天婦羅油が気になっていたから、固めるテンプルも買う。あとは「3パックで78円」にひかれて納豆と、50円引きだったか100円引きだったかの牛乳。今夜も楽しい晩酌になりそうだ。固めるテンプルも楽しみだし(人生初)。
 つまり、買い物袋を提げた僕は、そんな穏やかな気分で淡島通りを歩いていた。ところが!
 太子堂中学校の前で見過ごせないものを発見。そこには歩道沿いに赤い消火器の箱があって、側面には「この地域の広域避難場所は…」と書いてあるんだけど、その上に大きな文字でデカデカと「FUCK」って書いてある。
 言うまでもなく大人な僕は、――この平和な世田谷にFUCKの落書きは似合わないけれど、あぁ、分かるよ、意味もなく「ファック」・「ファック」って言ってみたい年頃なんだよねぇ、このクソガキが――と冷静に受け流すことにした。
 しかし、僕の批判的思考は、こう鎌首をもたげる。いや、もしかしたら、ファックは広域避難場所かも知れないぞ?――と。
 愛のある私生活が核戦争にも耐えるシェルターだとしたら(少なくとも僕はそう思う)、性愛はその私的な防護壁の一角となるだろう。となると、大地震のときに屋根も壁もない緑地に逃げ込むことと、緊急避難的に愛も余韻もないセックスに一時の安堵を求めことは、アナロジーを構成しはしないか。しかも、ファックという即物的な語感が千客万来の公共的側面を強調するから、私的なシェルターに対する広域避難場所という対比を保つ。
 さて、落書きの主は果たして、どういうつもりで書いたんだろう。これを読んだら、まずはちゃんと落書きを消して、意図をコメント欄に書き込むこと。

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