Home > 読む > 経済の網と交通の網 - キンドルバーガー「経済大国興亡史」

経済の網と交通の網 - キンドルバーガー「経済大国興亡史」

 先週に続く名古屋出張で、新幹線の本数の多さとビジネス客の多さにあらためて驚く。そして、車中でチャールズ・キンドルバーガーの「経済大国興亡史」を読みながら、交通と経済発展の相関を思う。物の流れがこの数世紀間の経済覇権を規定したように、これからは、人の流れが覇権を決するのか、とか、決しないのか、とか。

 キンドルバーガーは、近現代ヨーロッパ経済における遠隔地貿易の重要性に言及したうえで、次のような説を紹介する。

一説によると、輸送手段における技術革新は、それが市場を連結し、アダム・スミスが国民の富の増大の基礎となると考えた分業を促進することから、技術革新のなかでももっとも広く普及する形態の革新であるとされる。

(チャールズ・キンドルバーガー「経済大国興亡史」)

 僕がこんな風に新幹線で気軽に名古屋に来られるからこそ、名古屋と東京は同一の日本経済圏を形成している、という考え方だ。これに僕は説得力を感じる。逆説的に、経済圏の境界は交通の障壁が決める、と考えればなおイメージが湧く。その障壁は山だったり海だったりイデオロギーだったりするのだろうけれど、それらの障壁は一義的には交通を分かち、その結果として市場を分けるという推論は腑に落ちる。
 もちろん、「否、経済圏が分かれているからこそ交通が少ないのだ」と考えることもできる。けれど、その反証はスペインに求めることができるだろう。16世紀当時のスペインは「内陸部は経済発展にとって障害となった。道路は貧弱であり、ラバの背に荷を積んだり、牛に荷物を牽かせたりすることでは、それぞればらばらの状態の諸地方を統合することはできなかった」と言われている。そして、次のような状況もまた言及される。

(19世紀においてさえ:引用者注)スペインの諸地方、そのなかでもとくに小さな町村がカスティーリャ標準を順守せずにいることについて、コルテス(スペインの身分制議会:原注)に不満の声が寄せられたが、そのなかには、公布された標準が適用されたところでさえ、物差しや秤そのものが正しいものであるかどうかを検知する態勢がまるでお粗末なままであることに対する告発も含まれていた。

 キンドルバーガーは「経済的な交換を行う際の取引コストを減らすためには共通の測定基準が必要とされる」という。とすれば、スペイン国内の度量衡の不統一は、同国内の市場の不統一を連想させる。一方で、新大陸アメリカからもたらされた銀がセヴィリヤやマドリッドを潤したことを考えれば、セヴィリアやマドリッドの経済圏は内陸の小集落よりもむしろアメリカ大陸に近かったと思われる。
 地理的に近い2点が同一の経済圏を形成しないのならば、そこには何らかの阻害要因あるいは積極的な要因があると推定できるのではないか。そして、その大きな要因のひとつに、交通網の整備が挙げられるだろう。スペイン国内の町村は陸上交通網の未整備が、新大陸アメリカは海上交通網の発達が、それぞれマドリッドとの経済的な距離を決めた、とも見える。もちろんアメリカには銀という積極要因があってこそだけど、国内の町村については道路の未整備という阻害要因が目立つ。
 市場を二者間での交換の集合と考えれば、交通網の濃淡でもって市場の境界を引き直すのもあながち暴論ではないだろう。運ばれる貨物の物量と単価の積に応じて交通網に濃淡をつけて、その網目の濃い部分を「市場」と定義しなおすわけだ。もちろん、これ自体は別に新しい発想でもなく、世界の貿易地図みたいな類で見た記憶もある。
 とはいえ、20世紀中盤までならいざしらず、いま経済活動すなわち物流と見做せば、これこそもはや暴論だ。そこで、「世界の貿易地図」を物流のみならず旅客や投融資や通信で描き直したらどうなるだろうか?というのが僕が新幹線で思ったことだ。日本と世界を結ぶ網は、その濃い部分が、太平洋から再び東シナ海や日本海に動いているのがよく見えるんじゃないかな、なんて。

blog comments powered by Disqus

Home > 読む > 経済の網と交通の網 - キンドルバーガー「経済大国興亡史」

Return to page top