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バスティーユの空砲

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 パリ到着の今夜は会食の予定が入らなくて、僕は小躍りしていた。オペラ・バスティーユ(Opera Bastille)で「ヴォツェック(Wozzeck)」を観られるじゃんか。ホテルにチェック・インして、いそいそと洗濯物を出して、双眼鏡をポケットに突っ込んで、タクシーに飛び乗る。開演まであと40分。そして僕は、なんとか開演時刻ぎりぎりで劇場に着いたのだけど、空振り三振。バスティーユ襲撃未遂を秘史に刻む。

 ホテルの前でタクシーに飛び乗るのだけれど、道は大渋滞。リュック・ベッソンの映画みたいに行って欲しいけれど、現実は厳しい。依然として高いユーロのメーターだけが、快速で進む。車内で見せてもらった地図によると、バスティーユは黄色の地下鉄一本で行けるみたいだったので、埒の明かないタクシーをシャン・ゼリゼで降りて地下鉄の駅へ。
 フランクリン・D・ルーズベルト駅は、シャン・ゼリゼの中心部という立地や大仰な名前のくせに券売機が1つしかなくて、大行列。しかも、観光客が多いのかみんな券売機の操作がやたら遅い。前の女性は電話をしながら買っているのかと思っていたら、「電話で話したり・買う手続きしたり」していて、Suicaに慣れた東京人の僕(深夜まで起きている状態で、そして急いでいる)は卒倒しそうになった。日本人の券売機・ATMリテラシーの比類ない高さを、あらためて痛感。
 ともあれ、かつて何度か乗って馴染みのある黄色い地下鉄に、方向にかなり注意して乗る。驚いたことに車内は満員で、体が触れあう。それは東京でも不愉快なことに変わりはないけれど、東京にはそれを許容する文脈がある。けれど、身体接触への許容度の低い文脈でこういう環境におかれると、その不愉快さは相対的に増す。いや、一言で言うと、パリまで来て満員電車かよ!ってことだ。でも、なんかそれさえ楽しい。だってポケットにはオペラ・グラスがある。
 バスティーユは意外に遠くて、地下鉄のはずなのに地表に出てしまった。日比谷から代々木上原あたりまで来たってことだ、と千代田線的に解する。
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 さて、念願のオペラ・バスティーユ。間違えて楽屋の入口を降りてしまった時さえも、ああ誰かに会ったらどうしよう!と、誰の顔も知らないのに盛り上がったりする。でも、建物の周りをいくらみても「開演間際の劇場」然とした活気がなく、通りに面したドアというドアは閉まっていて、小便臭い通路には酒瓶を手にした男が寝ころんでいる。ざわ…ざわ…。そして僕は、今日はどうやら休演日だということをしぶしぶ認める。
 オペラ座のカレンダーは「毎日やってます」的な誤解を与えるものなのか、それとも、僕が進んで「毎日観られます」的な誤った期待を胸にパリに来てしまったのか。まぁ、両成敗か。

 この疲れる珍道中にすらも、しかし、一幕の喜劇のような、なんだか憎めない味わいを覚えてしまう。これこそ、パリという大劇場のズルい魅力なんだろう。今日のところはこれで良しとしよう。路地裏には旨そうな魚介を並べたビストロや洒落たバーが何軒もあって気になったけれど、僕は22時間くらい起きているわけだから、疲れた日本人の舌に合いそうな中華料理を食べてホテルに帰る。
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