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プロヴァンスの破裂と後釜の渉猟

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 地域が破裂する瞬間を、僕は生まれて初めて目の当たりにした。破裂したのは南仏プロヴァンス、日付は2008年5月9日、場所は渋谷駅前交差点でだ。1996年4月4日のピーター・メイル「南仏プロヴァンスの12ヵ月」出版に遡る日本における南仏の物語は、膨張の末にハチ公の目にロクシタンのカフェが映るに至って、145ヶ月で消尽されたようだ。残念ではあるけれど、ランスの話を書いた手前もあって、ほうら次は北西部じゃないか、という気分がないでもない。物語を消費する側に立てば、の話だけれど。

 中学生の頃の僕は、書店で平積みになっている本を片っ端から読むという苦行を進んで励行していた。汗臭いテニス部員が「南仏プロヴァンスの12ヵ月」なんて本を手にした理由なんて、実はそれくらいのものだ。とはいえ、読めば読んだで楽しい夢想が広がるものだ。巻末のレシピまで読んで、どんな料理かと想像した。レシピがあるのに作ろうとしないのは、いかにも僕らしい。けれど、馴染みのない材料ばかりだったから、という口実がないでもない。ともあれ、プロヴァンスは遠かった。
 いまだって遠い。けれど、「ロクシタン・アン・プロヴァンス」の徳用シャンプーはQVCで売られているし、元祖のシア・バターはJALの機内販売でバラまき用の海外土産として出港地に関わらず売られている。ニナ・リッチのペンダントがシンガポール土産になるのと同じ構図で、値段は手頃だけどなんとなく高級っぽい、というだけだ。けれど、その高級っぽさの裏打ちはピーター・メイルが世界に布教したプロヴァンスの地域性にある。ロクシタンのシャンプーやらクリームやらは、そのロザリオとして世界にバラまかれる。
 すでに十分インフレ気味だとは思うけれど、さっき渋谷の交差点でロクシタンのカフェを見つけて仰天した。調べてみたら昨日オープンしたばかりだから、気づかなかったのも無理ない。カフェを開くのは世界初らしいけれど、なぜ銀座や青山じゃないのだろう。もとの店がなんだったか思い出せないけれど、安い女の子向けの下着屋があるような雑居ビルだ。ロクシタンも安い女の子向けのブランドに成り下がっていくのだろうか。ともあれ、渋谷駅前交差点には「プロヴァンスの風」など吹いていないし、それを辛うじて手繰り寄せる高級感もない。そこにはただ人間と財布が、つまり、生活があるだけだ。
 それにもかかわらず、「プロヴァンス」を力任せに掲げてもなお南仏物語が成立するかのように見えるのは、つまり、日本におけるプロヴァンスが渋谷駅前交差点程度の親近感で迎えられるようになったということじゃないか。そこまで堕ちた、とは言わないけれど。ともあれ、南仏物語への羨望はもはや消費しつくされて、いまはその余熱で製品を消費しつくそうとするばかりに見える。
 次のステップは、南仏なら南仏でより細かい村々に物語を求めていくか、南仏を棄ててフランスでほかの「田舎」を探すか、だろう。恐らく先行例はイギリスにあって、ロンドンが午後の紅茶とともに棄てられてから、東欧や北欧がチヤホヤされるのを我慢して、ようやく湖水地方が注目を集めたりしたんじゃないかと思う。ワインとかチーズとか何かのとっかかりがないと村々にまでは辿りつけないから、やはりほかの地方に逃げるだろう。ならば、南に飽きたら北じゃないか、というのが僕の身勝手な予想だ。
 べつにフランス北西部を流行らせようとしている訳ではないけれど、現に僕のなかで流行ってしまっているのだから仕方ない。なんだこれ、読み返すとランスへの興味が余ってプロヴァンス憎しになってるかのようだけど、そんなつもりでは…。このランス熱、風呂場に鎮座するロクシタンの徳用シャンプーで洗い流そうか。

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