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アメリカの"親切文明"と間抜けな注意書き - 司馬遼太郎「アメリカ素描」

  • Posted by: Syntax
  • May 3, 2008 11:42 PM
  • 読む

 僕はまえに「アメリカ素描」という題でブログを書いた。けれどこれは、実は本家の司馬遼太郎の本はまだ読んでおらず、そのくせ題名だけを拝借するという、厚かましさの二階建てだったりする。そこで、ニュー・ヨークから帰るなり思い出したように後付け的に本家を読みはじめる。これが、なかなか面白い。1980年代の司馬にはゲイ文化がよほど鮮烈だったらしく、サン・フランシスコでの見聞に30ページも割いている。ともあれ、まず注目すべきは、本書の骨格を形成する「文明」と「文化」についての明快な定義だ。

文明は「たれもが参加できる普遍的なもの・合理的なもの・機能的なもの」をさすのに対し、文化はむしろ不合理なものであり、特定の集団(たとえば民族)においてのみ通用する特殊なもので、他に及ぼしがたい。つまりは普遍的ではない。

 と、このように司馬は文明と文化を定義する。少なくとも所与の文明に対する文化の境界は、寡聞にしていままで聞いたことがないほど明瞭だ。文明間の境界を論じるには少々心許ないとはいえ、文明に普遍性を求めて、文化に特殊性を認める発想はほかでも重宝しそうだ。題名に続いてこちらも失敬しよう。さて、その上で次の指摘が面白い。

どの文化でも文化への参加には、名人芸を要する。しかし文明というレベルでいえば、グズであれ利口であれ、万人が参加できるものでなければ文明にならない。

 そこで、矢印を見れば分かるはずのエレベーターの上昇/下降の区別を、わざわざランプで示すごとき「親切文明」の起源をアメリカに見出す。司馬が「親切文明」と呼ぶ潮流は日本にも押し寄せているけれど、本国アメリカは訴訟回避と相俟って大変なことになっている。

 ミシガン訴訟濫用監視団(Michigan Lawsuit Abuse Watch)というNPOの開催する「間抜けな注意書きコンテスト(Wacky Warning Label Contest)」の入賞作をみると、そこにはいつか日本をも飲み込みそうな新しい文明の隆盛を感じてしまう。いや、半分は真面目に言ってるんだよ。

 まず、大賞は「危険:死を避けましょう(Danger: Avoid Death)」。死亡を禁止したフランスの村を思い出さずにはおれないけれど、これって生命倫理に関わる発想なんじゃないかと思うけど、実現できないから冗談で済むのだろう。

 次点以降にも、Tシャツの「着たままシャツをアイロンしないでください(Do not iron while wearing shirt)」、買い物袋つき乳母車の「子どもを袋に入れないでください(Do not put child in bag)」、封筒開けの「注意: 安全ゴーグルをお勧めします(Caution: Safety goggles recommended)」、布用消せるマーカーの「布用消せるマーカーは小切手や法的文書の署名には使えません(The Vanishing Fabric Marker should not be used as a writing instrument for signing checks or any legal documents)」といった仰天の注意書きが並ぶ。

 仰天とは言ったものの、趨勢としては驚くに値しないかも知れない。そのうち、アメリカ文化である球場のホット・ドッグにすら、「注意:ホームランを見逃す恐れがあります」という親切文明が打ち寄せるかも知れない。ところが、実はアメリカの球場は防護フェンスが少なくて、まえに連れて行かれたヤンキー・スタジアムはファウル・ボールで死人が出てもおかしくない構造だったのを思い出す。「注意: 死を避けましょう」からすればずいぶん不親切だ。アメリカのなかですらも、親切文明とアメリカ文化は鬩ぎ合っているのかも知れないし、過剰な親切は幸いにしてまだ「文明」というほどの普遍性を獲得してはいないのかも知れない。

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