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愛の港に平和を求めよ - 英国王立歌劇場/ヴェルディ「シモン・ボッカネグラ」

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 ロンドンに着いて会食の予定を最終確認し、空き時間を確かめる。泊まっているコヴェント・ガーデン(Covent Garden)は劇場街だから、オペラを観よう。王立歌劇場のサイトを見るとヴェルディの「シモン・ボッカネグラ」という作品が上演中で、座席も僅かに残っている。50ポンドの桟敷席を見つけて早速予約する。そんな"飛び込み"の観劇ながら、話の筋も音楽も素晴らしかった。男子の権力闘争と女子の愛。平和は愛の港にこそあるんだよね。

 この作品について僕は何も知らなかったから、チケットを買うなりネットで検索して、まずは次のようなサイトを読み込む。

オペラ・データベース
hasidaの部屋
オペラの合唱曲

 読んでふと感じたのは、話が一見複雑で、劇場で理解できるだろうか?という不安。それは杞憂に終わるのだけれど、予習をしたときは、平民派だとか貴族派だとか、実は娘でしたとか実は孫娘でしたとか、なんだかヤヤコシそうな印象を受けた。

 杞憂といえば、笑い話のようなものがもうひとつ。劇場で、字幕表示装置が見当たらない。僕は焦って、イギリス人はイタリア語だけでオペラを観る/聴くのかと面喰ってしまった。はじまってみれば舞台の上部に英語字幕がちゃんと表示されたんだけど。こういう時は、フランクフルトの劇場で英語・ドイツ語の字幕があったことなど、すっかり忘れてしまっているのだ。

 芝居は軽快なテンポで進んで、飽きさせない。戦争だとか政争だとか、この物語に出てくる男子は老いも若きも好戦的だ。それは現実に男子がそうであるのと同じように。「女は子宮で考える」なんて言ったりもするけれど、そういう意味では、それほど生産的な思考器官がない男子は、得てして不毛ないざこざに血道を上げがちだ。それを救ってくれるのが女子だ。いつもように。

 行方不明だった私生児のヒロインが現れて、それぞれに政敵である彼女の祖父と父、そして彼女の恋人とを和解に導く。それを歌ったのが彼女だったか彼女の母だったか忘れてしまったけれど、「愛の港に平和を求めなさい(Seek peace in harbor of love)」とヴェニスの男子たちに歌った歌が印象的だ。男子は馬鹿な航海が大好きだけれど、本当の平和、あるいは安らぎというものは港にしかない。その港はまさに、愛と呼ぶほかない。

 たとえば騒乱のシーンなど、ヴェルディの音楽的な盛り上げ方は観る者をぐいぐいと引き込んでいく。上述の通りオペラの常として設定としては"アリエナイ"無理を感じるけれど、心情劇としては血が滲むほどリアルだ。甘い恋愛劇に渋い政争劇を重ねたことで、ティラミスのようなバランスが成立していて、そのことで愛の甘美が劇的に際立っている。

 感極まって終劇に僕はシモン役に「ブラヴォー(Bravo)」の最上級「ブラヴィッシモ(Bravissimo)」を浴びせていたのだけれど、それを聞き逃さなかった隣の老婦人は「そうよ、そうよ(Si, Si!)」とイタリア語で賛同してくれた。この老夫婦は先月イタリアに行ってヴェルディ作品を初演したパルマの劇場などを観てきたそうで、かなりのオペラ好きのようだ。

 その老婦人には「東京でもオペラをやるのか?」と訊かれた、「やるよ」と答えたら、「それは西洋のオペラか?」と念を押された。彼らは教養人と見えるから、これは別に「日本人もフォークを使うのか?」という質問とは同列ではないだろう。単に、オペラは極めて西洋独特だろうという認識の現れだろう。「ロンドンの柔道ってレスリングじゃないよね?」という確認なら僕もしてしまうかも知れない。

 論より証拠ということで、僕は「先月、小澤征爾の指揮で『エフゲニー・オネーギン』を観ましたよ。」と言ったら、なるほどと納得していた。司馬遼太郎式の分類でいう特殊の「文化」も、それでいて、なかなかに浸透するものなのだ。この老夫婦だって、観劇前には寿司を軽くつまんで来たのかも知れない。

 話を戻す。平和は愛の港にある。いま僕はヒースロー空港のラウンジで出帆を待っているけれど、ここにあるのもので僕を慰めてくれるのはビールと稲荷寿司くらいだ。東京の平和の港に早く帰ろう。

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