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100パーセント超の男の子 - 村上春樹「カンガルー日和」

 空港で買ったもう1冊の本は、村上春樹の「カンガルー日和」だった。自宅か、あるいは実家の書棚には同じ本が並んでいるはずだけど、僕は短編「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」を読み返す必要を感じていた。気に入った箇所を3つ、書いておこう。

 まず、「100パーセントの女の子」から。気に入った、というよりも、ごく個人的な新しい感想として。100パーセントの女の子に向って"僕"がすべき話は、「『昔々』で始まり、『悲しい話だと思いませんか』で終わる」。75パーセントの恋愛や85パーセントの恋愛の話もまた、やはり同じように「昔々」で始まるのだけれど、終わり方はそれぞれに違う。こういう話の終わり方をするのは、100パーセントの女の子の話だけだ。その理由は、言うまでもなく、彼女が100パーセントの女の子であるためだ。

 さて、と、僕は100パーセントに女の子に関する話の結末を変える方法を考える。僕は十億の組み合わせを検討した末に、僕らが100パーセント超の男の子になればよい、という結論に達した。もちろん、このロジックには飛躍がある。これは飛躍の話だからだ。

 ふたつめの付箋は次の箇所に貼った。

世の中というのは奇妙な場所です。僕が本当に求めているのはごくあたりまえのハンバーグ・ステーキなのに、それがある時にはパイナップル抜きのハワイ風ハンバーグ・ステーキという形でしかもたらされないのです。
(村上春樹「バート・バカラックはお好き?」)

 ウェイトレスは「食べる時にパイナップルをどけちゃえばいいのよ」と言うけれど、とかく制度というのは厄介だ。僕たちは、ときに荒くときに細かいデジタルな選択を繰り返しながら、角ばった影を人生に落として歩いていく。マンハッタン島を見よ。

 みっつめの付箋は、そのページをもう一度読み返すまで、なんで貼ったのか思い出せなかった。

ワッペンにはあしかの絵と「メタファーとしてのあしか」という文句が印刷されていた。僕はそのワッペンの処置に困って、ちょうど近所に違反駐車していた赤いセリカのフロント・グラスのまんなかに貼りつけておいた。
(村上春樹「あしか祭り」)

 そうだそうだ。この文ならば、「違反駐車する」という表現は「駐車違反する」というよりも、ずっとずっと正確に思える。きめ細かな言葉の選択が、丁寧に注がれた生ビールの泡のように陶酔を導く。

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