- July 24, 2008 4:35 AM
- 旅する
高校に通じるケヤキ並木には、いつも大抵、緑色でおまけにコンヴァーティブルのマスタングが停まっていた。それは決まって健康診断なんかをやる建物の前にあったから、おそらくは大学病院の医師のものだったのだろう。ともかく、そのアメリカ車は僕の高校時代の憧れだった。だから、サン・フランシスコのハーツの駐車場で、僕の名前が書かれた区画に銀色のマスタングが待っているのを見た時の驚きと興奮といったらない。ティーンの頃に憧れたプレイメイトと今、思いがけずデートするんだぜ。
アメックスについてきたハーツ・ナンバー・ワン・クラブ・ゴールド(Hertz #1 Club Gold)というサーヴィスがまた、気を利かせてこの対面を僕らだけの密会に仕立ててくれる。駐車場の掲示板に僕の名前と駐車区画の番号が表示されていて、さして期待もせずにそこへ歩くと、なんとマスタングが待っている。すでにキーがかかっていて、グラビアのアイドルがそのままの姿で僕を包み込む。何の煩わしい手続きもなく、そもままカリフォルニアの青空で快感へと走り出せばい。これは鼻垂れ小僧が日夜夢想した以上に、実に「プレイボーイ」誌的な展開だ。
そして、ネヴァー・ロスト(Never Lost)というナヴィゲーションを追加したのは正解だった。プロパン・ガスのボンベを買うべくバークレーのアウトドア用品店REIに寄りたかったのだけれど、チェーン店の住所は大抵記録されているらしく、難なく辿り着くことができた。5年も前の記憶を頼りにバークレーの街をさまよわずに済んだ。アメリカの機械だからどうせ大味だろうと高をくくっていたら、どうしてどうして細やかに出来ていて、分岐の案内のタイミングが絶妙だった。この手慣れたリード――あるいは、ステアリングを握る僕だけに響くじゃじゃ馬マスタングの意外な吐息――に、タコメーターの針はいやがうえにも上昇していく。
実際、ペダルをぐっと踏み込んだ時に見せる4リッター6気筒の息遣いは激しくて、運転席は戦闘機のコクピットようになる。サン・フランシスコを抜け出すベイ・ブリッジで、その攻撃的ないし享楽的な加速に僕の方がのけぞってしまう。それでもステアリングを握りしめて抜けた吊り橋の先で、シーツのようなドレープを見せながら横たわる乾いた峰々が眼前に広がった瞬間。これは、僕の最高のドライヴ体験のひとつになった。
もちろん、いいことばかりではない。まず、2,000kmにも及んだロング・ドライヴと場所によっては1ガロン6ドルにもなるガス代を考えたら、この大喰らいは地球と財布に手厳しい。そして、交差点をそろりと曲がる時すら静まる気配のないエンジン音は耳障りだ。前に書いたように大荷物の僕らだから、後部座席への荷物の出し入れが窮屈なクーペではそのそも実用的でない。
ただし、これらの非実用的な要素たちもまた、それでいて、非日常のプレイメイトにとっては欠かせない美点にすら見えてしまう。高校自体はギリギリの出席日数で卒業したものの、高校時代のギリギリの夢想からはなかなか卒業できないものなのかも知れない。
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