- August 1, 2008 12:15 AM
- 旅する
朝は6時くらいに起きて、森が切り取った小さな青空の下、ガス・バーナーでお湯を沸かして紅茶を淹れる。たったこれだけのことで、カレンダーの1日うしろにおいてきた東京の喧騒が、ずいぶんと遠くに感じる。休暇だ! 僕らが滞在するカリー・ヴィレッジ(Curry Village)から、ツアー・バスが発着するヨセミテ・ロッジ(Yosemite Lodge)まで、始発に近いのシャトル・バスで渓谷の朝を眺めつつ20分ばかり移動。新宿で買ったばかりの登山靴の紐を締めて、きょうはパノラマ・トレイル(Panorama Trail)という登山道を目指す。山の上から渓谷へと降りてくるのだ。道程13.7km、標高差975m。
ヨセミテ・ロッジで、8:30発のグレイシャー・ポイント(Glacier Point)行きバスのチケットを買う。片道20ドル。足を確保したので、次は腹ごしらえ。フード・コートで迷わず選ぶのは定番のアメリカ式朝食。サニーサイド・アップとカリカリのベーコン、そしてシュレッド・ポテトが体を目覚めさせてくれる。
バスは昨日通ったトンネル・ヴュー(Tunnel View)のほうへ迂回しながら山道を登り、1時間半ほどかけて、ついに僕らのカリー・ヴィレッジの背後にそびえ立つ絶壁の頂点、グレイシャー・ポイントに到着。渓谷の向こう側にはアメリカ最大の落差というヨセミテ滝(Yosemite Falls)が見える。プレゼントでもらったIXY Digital 910 ISのレンズは28mmの広角を誇るのだけれど、絶景の絶景たるパノラマは写せない。生身の目で観てこそ。そして、この渓谷を生身の足で降りるのだ。歩き切れるか、ちょっとだけ心配にもなる。
印象的なのは山火事が残した立ち枯れの殺伐だ。バスの運転手が、山火事はこの森の生態の一部だという話をしきりにしていたけれど、まさに森の現在進行形を見ながら歩いている気分。殺伐さもここでは相対論で、乾いた空気と固い花崗岩の有無を言わさぬ無慈悲に比べたら、立ち枯れの木々すら瑞々しい生の営みに見える。
それでも、岩からの染み出す清水や川辺を見つけるとやはり、本能的にホッとする。日本の森から「過酷」という単語は連想されないけれど、この森は一言で言って苛酷だ。その水辺すらも谷底の平穏とは違って、つまりはすぐに滝とつながっているわけで、そんな注意を喚起する看板もある。滝に落ちること自体に、悲劇性に加えて間抜けさという要素もあるせいか、その絵柄もなんとなく間抜けだ。最初に出会う滝がネヴァダ滝(Nevada Fall)。滝に出会うといっても、僕らは上から降りてくるので、主観としては「川の向こうを覗いたら壁になっていた」という感じだ。だから本当に「立派な滝だなぁ」と感銘を受けるのは、さらにひと踏ん張りして滝と並んで急な山道を降り、滝壺の高さから見上げる瞬間までお預けになる。
こうした風景に加えて、シカやリスやカケスやといった動物、それに野草が目を楽しませてくれる。山歩きは全体としては楽しいけれど、苦役という要素もやはり厳然としてある。何千マイルと言わず数マイル歩くだけで、ハローもグッバイもサンキューも言葉少なになってくる。木々も無言なら岩の彩りも乏しい。小さな――風景が巨大だからシカすらそう見える――動植物たちの愛嬌は、アメリカの甘いグミとならんで疲れを忘れさせてくれる。
ヴァーナル滝(Vernal Fall)まで降りてくると、滝の飛沫が周囲を潤していて、この登山道がミスト・トレイル(Mist Trail)と呼ばれるのも納得。傾斜は緩く川幅は広くなって、水流も心なしか穏やかになったように見える。これで終わりかと思ったら意外に先がまだまだ長かったのは疲れたけれど、その分だけ最後のビールが旨いはず、なんてことを健気に思いながら歩く。
ついに登山道の終着点まで歩き切って、このハッピー・アイル(Happy Isles)というバス停でシャトルを拾って10分足らずでカリー・ヴィレッジまで帰る。スタンドでブリトーとタコ・サラダを、隣の売店で冷えたクアーズ半ダースをそれぞれ買って、木陰のテーブルで打ち上げ。5時間の投資の末に、抜群に旨いビールにありつく。
ちょっと昼寝をしてシャワーを浴びて、夜はムーンライト・ヴァレー・フロア・ツアー(Moonlight Valley Floor Tour)に参加。これは満月前後の夜のみ開催ということで、ラッキーなことに僕らはそこに当たったわけだ。ヨセミテ・ヴィレッジを21:00に出発、ひとり22ドル。トレイラーが牽引するトロッコのベンチに座って、レンジャーの説明を聞きながら2時間ほど月夜の渓谷を堪能。
月明かりに照らされたグレイシャー・ポイントも、「あそこから歩いて来たんだぜ」って思いながら眺めると格別だ。そんな余韻に浸りながら、寝る前に飲んだ白ワインは「ハッピー・キャンパー(Happy Camper)」なんていう名前だった。
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