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放送大学「光~暗闇のリンゴの色は何色か」


 朝起きてふとベッド脇のテレビをつけたら、ちょうど放送大学の講義が始まるところだった。標題が「物理の考え方7)第13回『光』」というだけだったら、僕はこの講義を聴かなかったかも知れない。けれど、副題に吸い込まれてしまった。暗闇のリンゴの色は何色か。観察者なき世界は、どんな色をしているのか。観察者なき世界など、あるのか。僕たちが見ているものは、何なのか。

 「暗闇のリンゴの色」についての結論自体は、それほど目新しいものではなかった。色は物体がどんな波長の光を吸収し、あるいは、反射するかによって決まるので、光がなければ色もない、というような話だったかと思う。けれど、この当り前のような主張はそれでいて、なかなか示唆に富んでいる。光が当たる前から、色は決まっているのだ。問題は、僕たちがその対象に対し、どのような光を当てるか、ということだ。
 単波長のレーザー光線でものを見る、というファンキーな実験がスタジオでなされた。赤いレーザー光線でいくら照らしても、緑のピーマンは真っ暗のままで、僕たちはその本当の色を知ることができない。ん? 本当の色? もし世界の光が赤いレーザー光線でしかなかったとしたら、ピーマンの「本当の色」は漆黒ということになりはしないか。僕たちが「本当の色」だと思っている「緑」すら、太陽光線やら、太陽光線を前提とした僕らの網膜やら、その網膜を前提とした照明器具やらという装置が見せているに過ぎない。他の光線では、「本当の色」は他の色かも知れないのだ。そこに光あれ(どんな?)。
 こういうボールを投げっぱなしのまま、木村教授はさらに話を進める。テッポウウオ。彼らは水面下の屈折した映像を見ながら、しかしその屈折を計算に入れて、空中の虫に向かって水を放つ。木村教授は、モノがズレてみえるサイケデリックなメガネを相方の大石準教授にかけさせて、大石氏に剣道をさせる。このシュールな環境下で大石氏の竹刀は、見事に相手の面を外す。テッポウウオは心の目で見ているのかも知れませんね、なんてどちらかが言う。
 冗談じゃない、その通りじゃないか。テッポウウオは、目で見た映像を額面通りには妄信せずに、本能的な修正を加えて虫を撃ち落としている。このメタな視覚、「心の目」と呼ぶに相応しい。暗闇のリンゴは本当に無色なのか、ピーマンは本当に漆黒なのか、あるいは、本当に緑なのか。僕たちのメタな視覚は、何を結像するのか。
 以前、磯崎哲也氏が「放送大学にハマっちゃいまして」と書いていて、僕は勝手に我が意を得たりと喜んでいたけれど、やはり、依然として放送大学は非常に熱い。不況になって経済が停滞したら、国民全員で放送大学を受講してればいいんじゃないか、なんて少し本気で思う。そうしたら日本の労働生産性も向上するだろう。放送大学で晴耕雨読のススメ。

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