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風の吹くまま露天風呂 - ほったらかし温泉


 大山山頂からヤビツ峠に戻っても、まだ陽は高かった。このまま帰京するのは惜しい気がしたので、ETC割引もあることだし――それがどんなものかはよく知らないけれど――、もう少し遠出を楽しみたくなった。そこで名前が挙がったのが、クチコミで聞いた勝沼のほったらかし温泉。午後3時頃に大山を下山して、まだ明るいうちに勝沼に到着。こんな気まま――というか無計画な――旅はカーナビがあるからこそ。技術はしばしば、「便利」を超えて新しい体験の類型を創出するんだなぁ、なんて、湯船から甲府盆地を見ながら思う。

 東名の秦野中井から御殿場へ、東富士五湖道路を経て中央道、そして勝沼へ。中央道を降りるとワイナリーや果樹園の看板が並んでいて、観光地に到着した浮足立つような気分になる。甲府盆地の縁を登ると山梨県果樹試験場というのがあって、イチゴやモモをかたどった街路灯が並び、山の中腹には月面基地のようなドームが浮かんでいたりして、ちょっと浮世離れした風景を造っている。その試験場の先が、目的のほったらかし温泉。


 ほったらかし温泉は名前の通り簡素な山小屋風で、甲府盆地を見下ろしている。その簡素さとは裏腹に、それでも、この施設がよく考えてつくられたってことはすぐ分かる。売店が建つ入口はキャンプ場の炊事場のような雰囲気で、温かな一体感がある。トイレの看板も女性は「眺望トイレ」で男性は「ごく普通のトイレ」だなんて書いていて、洒落ている。人類のうちどちらの半分が、クチコミを広めたり、旅行の意思決定をしたり、あるいは、トイレからの眺めを気にとめたりするのか、という科学的事実に基づいた設計だ。

 「あっちの湯」と「こっちの湯」という2種類の風呂のうち、こっちの湯はもう閉まる時間だったので、あっちの湯へ。掘っ建て小屋で700円の入場料を払って服を脱いで、隣にある男湯の小屋に渡る。肌に当たる風の冷たさに反比例して温泉の温もりが強調されて、少しずつ暮れゆく甲府盆地を見ながら温泉を堪能する。露天風呂は二段に分かれていて、岩に囲まれた下段の2つがぬるめのお湯。一方は浅く、寝そべってようやく肩まで浸かるようなごく浅いもので、他方は半身欲程度の深さ。上段は下段よりも多少熱くて、ヒノキに縁取られた深い浴槽。一通り試した末に上段に居座る。
 風呂からあがると、はじめは青い空に白く浮かんでいた細い三日月が暮れの空に輝きを増していて、甲府盆地はまさに夜景に変わるところだった。売店では、妻がキウイ・フルーツ(見事な実が4個で150円!)と食用のナノハナ(こちらもたった100円!)を買っている間に地元のワインを矯めつ眇めつ吟味して、ようやく甲斐ノワールという品種のものを選ぶ。これは先の果樹試験場が生んだ品種ということ。せっかく日本のワインを飲むのだからカベルネやメルローよりも、「日本の気候に適した本格的なワイン専用種を目指して育種した」というこの品種を試すことに。
 風の吹くまま温泉を訪ねて、夜風を感じながら風呂上がりに初めての土地で夜景を見る。そして名産品の土産。こんな旅情が半日で味わえるのなら、週末は常にかくありたいなぁ。

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