- 2009-04-25 (土) 17:11
- 学ぶ


4月6日午後11時、マサチューセッツ工科大学のスローン経営大学院(MIT Sloan School of Management)から待ちに待った合格の電話を受ける。それは30歳の誕生日の1時間前のことで、節目というのはこういう風に劇的にやってくるもののかなぁ、なんてことを、怒涛の安堵でふやけていく脳味噌で思った。去年の3月末にビジネス・スクールのことをあらためて意識して、TOEFLやらGMATやらを受験して、年末年始を返上してエッセイを書いたこの1年は、本当に長かった。けれども、夏からボストンで過ごすの2年間や、そのあとの人生はもっと長い。これから起こる出来事を想像するだけで胸が躍る。
真っ直ぐに背筋を正そうぜ。
病んだビール、開け放って。
すんげえ泥臭い日々にさ、ビート入れ、
街中にバラまこうぜ。
日々。
(祝え! 祝え! おお、祝え!)
<中村一義「ジュビリー」>
この3日前に僕は、妻と近所の公園で夜桜を眺めながら、アウトドア用のバーナーでお湯を沸かしながら焼酎のお湯割りを飲んでいた。携帯電話も持たずに。朝になって電話に残った着信履歴がアメリカからのものだって気づいて、早速折り返したらもちろん現地は夜で電話は留守電につながった。けれど、その留守電が告げるオフィスの主の名前は、僕を面接した入学審査官のものだった。これは吉報なんじゃないか、と期待しつつ、悪いニュースもいちいち電話で知らせる律儀な学校がないとも限らないから、僕は敢えて確率論的な中立を保って週末を過ごした。
そして月曜の夜、僕はボストンの朝に電話をかけることにした。それまでの時間を家でヤキモキしながら過ごすのは嫌だったので、妻を誘って池ノ上の台湾料理店「光春」で待つことに。上記の通り花見酒で電話を逃した自分を恨めしくも思っていたし、呂律の回らない英語で電話に出たことで学校の気分が変わっても困るので、ビール1杯だけを飲んであとはお茶をすする。こういう時に限って、お茶が有料の中華料理店に巡り合うのはなんでだろう、なんて思いながら、結局はヤキモキしてボストンの午前9時を待つ。
東部標準時の午前9時、店の外の線路わきで電話をするけれど、まだ留守電。気づまりなテーブルに戻る。30分後も同じ。気づまりの度合いは強まる。合格通知は金曜日に出し切っていて、あるいは/さらに、担当者はもう休暇かも知れない。あれだけ出願書類を書かせて、面接で質問責めにして、でも、結局は電話を取った人だけが合格、なんて仕組みだったらどうしよう。「マイクロメーターで測って、チョークで印をつけて、斧でカットしろ」 なんて格言を生むアメリカのことだから、ありうるんじゃないだろうか。
さて、あと少し待って10時になったらもう一度電話をしようかな、と思った矢先に電話が鳴った。ちゃんと電話帳に登録しているから入学審査官の名前が出る。「ご機嫌いかが?(あなたの出勤が遅いから具合が悪いのかと思いましたよ!)」、「僕はとても元気ですよ!(あなたと連絡が取れないから最高に気まずいデートをしてますけどね!)」なんて会話もそこそこに話題は核心に入る。「出願書類と面接の結果を入念な検討した結果…」――、太平洋を横切る電話回線が固唾を飲む音を東に送り、「あなたは合格になりました」というニュースを西に返してきた。グッド・ジョブ、電話!
入学審査官は今後の手続きを一気に話し始めるのだけれど、僕は「ちょ、ちょっと待って。いまの僕には情報が多すぎます。えーと、ひとつ確認させてください。僕は合格したんですよね?」と言うのが精一杯。電話の向こうは笑いながら、「イエス」と言って、「あとの手続きはウェブにも載っていますから」なんてことを言ったかと思う。考えてみたらこれは僕の人生で2度目の学校受験で、1度目の合格は親が確認してきたから、生まれて初めての――そして、たぶん最後の――経験として自分で自分の合格を知る。音声の上に英語だから聞き間違えたんじゃないか、なんて半ば疑いながら。書面じゃないとにわかには信じがたいんだよね。
もちろん僕は店に跳ねるように戻って妻にこのニュースを報告し、僕らは紹興酒で乾杯をする。僕が誕生日を迎えるまであと数十分。家の近くのコンビニでフレシネの小さなボトルを2本買って、家に戻ってカウントダウンして栓を開ける。実は軽い気持ちではじめたビジネス・スクールの受験だっただけど、思った以上に面倒臭い長期戦だった上に、なんだかすごい変化を人生に呼び込んでしまったんじゃないかなぁ。自分で出願しといて変な言い草だけど、受かってしまったものは仕方ないから思いっきり楽しんでやろう、なんてイマサラな覚悟を決めて、30歳。
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