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土木工事と経営の視点

  • Posted by: Syntax
  • April 26, 2009 9:03 AM

 「ジンガロ」を観て土のある生活への憧憬を募らせていた僕は、3月20日、義父のアトリエ「一、館」でちょっとした土木工事をやる機会を得て、最高に充実した終末を過ごす。僕は生まれて初めて大きな槌を振るって杭を打ち込み、崩れかけた斜面の土留めを造った。経営に必要なビジョンと信念と行動力を涵養するのに、これほど相応しい作業ってないんじゃないだろうか、なんて、汗をかいたあとに最高のビールを飲んで思った。

 アトリエの前の窪地、駐車場にうってつけのように見えたけれど、材木が大半を占拠していた。その材木はストーヴの薪として蓄えられていたのだろうけれど、あまりにも大量なのでこれを燃やして空間を確保することにした。そう決めてから、僕はアトリエに来るたびに材木を燃やし、燃やし、そして、燃やした。そしてこの日、1年ほどかけた焼却の作業が完了する。

 その達成感に浸る間もなく目に飛び込んできたのは、崩れつつある斜面だ。以前の土留めが朽ちてきていて、辛うじて支えになっていた材木がなくなってしまうと、その斜面はいかにも危うげに見えた。梅雨が来て雨が降れば土が流されていくだろうし、斜面の土が流されればこのアトリエの美観は損なわれるだろう。

 そこでホーム・センターまで行って、資材を物色。僕はここで、世の中に本当に杭というものが製品として売られていて、おまけにそれが20種類近くもあるということを知る。さらに、「シティ・ハンター」に出てくるハンマーみたいな木槌を買う。その場で妻は、素人の僕には無理かも知れないから業者に任せた方がいいんじゃないか、なんてことをいうから取締役会は一時紛糾するのだけれど、犬も食わない結果としてやっぱり僕がやることにする。

 そう、これは経営そのものだな、なんて、材木を燃やしながら僕は感じていた。床が傾いているとか土留めが朽ちているとか資料が散在しているとか、大小様々な課題を発見して、それらのあるべき姿を描く。いま自分たちがかけられるお金だとか時間だとか、あるいは持っている能力だとかの資源を勘案して解決策を練る。そして、最も重要な点としてそれをひたすらに実行する。

 特に取締役会で反対の動議なんかが出された案件は、なおさら確実に遂行しないといけない。巻尺で1メートル間隔を測って、水準器で杭を垂直に保ちながら何キロあるか知らない槌を下す。始めは楽しいほど刺さっていくのだけれど、だんだん地面の抵抗が強くなり、さらに杭の頭が割れてきたりする。打つ力が弱いと杭は刺さらないけれど、強すぎると杭の頭が欠けてしまう。このミクロな塩梅が結局、アトリエの美観というマクロの課題に直結していく。

 杭を打って角材を寝かせて無事に土留めを造ってアトリエに戻ると、事務用の戸棚を流用しただけの食器棚に、妻が布を敷いていた。彼女には土留めは無理だったろうけれど、同様に、食器棚にちまちま布を敷くなんて僕には無理だ。異なる着眼点ゆえに様々な課題が解決されていって、結局はこのアトリエが以前よりも良いものになっている。人間の営みとしての経営って、つまりこういうことなんだろうね。

 庭にはバラの花のようなツバキが咲いていた。

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