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リチャード・ブランソン『僕たちに不可能はない』

 友人Oと、気に入った本を4月から毎月一冊ずつ紹介し合おう、ということになり、彼から紹介された1冊目がこれ。レコード店から航空会社、そして宇宙旅行会社までを立ち上げた異才起業家の人生哲学が書かれている。小難しい経営論ではないからどんどん読める。そして、読み終えた時、ブランソンに対する畏敬の念が僕を襲う。あまりにも型破りで彼にはおよそ太刀打ちできそうもないけれど、しかし、こういう経営者が存在し得る以上はビジネスは捨てたものじゃない。ならば、自分も何かやってやろう、という興奮が止まらない。

 船での大西洋横断や、気球での大西洋と太平洋の横断など、冒険家としての彼の破天荒さは圧倒させられる。けれども、冒険家は手品師と同様に世間をアッと言わせるのが性分というような職業なのだから、僕の反応もいわば当然かもしれない。
 けれど、それ以上に僕が驚いたのは経営者としての彼の実直さや、実直さゆえの奔放さだ。たとえば、いちど株式公開した自社株を、株価暴落後に投資家の値買い戻す創業者なんてそういないだろう。MBOのなかには経営陣がその立場を利用して一般投資家から有利に株式を買い戻している、なんて指摘を受けたりするものがある中で、ブランソンの実直さは際立って見える。

 だが、シティのやり方に愛相が尽きるまで、そんなに時間はかからなかった。シティと僕とは、結局相容れないのだ。公開したあとは、どのバンドと契約を交わすか話し合うために、それまでのように自宅兼仕事場の船でパートナーたちとリラックスしたミーティングを持つ代わりに、取締役会のご意見を頂戴しなければならなくなった。彼らのほとんどは、音楽ビジネスとは何かをてんで分かっていなかった。
(中略)
 その後、大規模な株価暴落が起こった。自分のせいではなかったが、僕はヴァージンの株を買った人全員を落胆させてしまっているように感じた。株主の中には友人も家族も社員もいれば、貯金をはたいた夫婦もいる。僕は決心を固めた。株を全部買い戻そう。彼らが株を買った値段で。そんなことをする必要はなかったのだが、でも僕はみんなをがっかりさせたくなかった。買い戻しのために僕は個人的に1億8200万ポンド(約370億円)を調達しなければならなかったけれど、自由と名誉と、自分のキャラクターを守り切るには、必要なことだったと思っている。

 自宅兼仕事場が船っていうのもすごい――この船を手に入れたエピソードもまたユニークなのだ――けれど、落胆した株主に対して経済的な穴埋めを提供する創業者/経営者というのもすごい。企業統治の問題にしても、音楽事業にあたって取締役会が理解と迅速さを欠いたからといって、いちど公開した企業を非公開化するまでのエネルギーを割く必要があるだろうか。この常識人の疑問は本書を通じて1ページごとに湧いてくる。
 1990年にイラクがクウェートを侵攻し、さらに15万人の難民がヨルダン国境を越えたとき、ブランソンはヨルダン国王に電話をする。そしてヴァージン航空機は4万枚の毛布と食糧と医薬品を積んでヨルダンに飛び、同地からイギリス人を救出してくる。さらにその物資が難民に行き渡ってないと聞いたブランソンは自らヨルダンに行き、「物資を止めていた大臣と激しくやりあったあと、物資を難民キャンプに届けさせた。」
 さらに、イラクのサダム・フセインがイギリス人を捕虜にしていると知り、ヨルダン国王を通じて、フセインに対して医薬品と捕虜の交換を提案する。そこで、航空機が押収されるリスクを冒して自らもイラクに飛んで捕虜を乗せて帰還する。彼はこの経験を振り返って「僕は『ビジネスマン』だったからこそ大きな『良いこと』を実行できたのだと分かる。(中略)ビジネスマンには、政治家にはない『継続性』があるのだ。」と書いている。
 この本は、企業戦略や企業統治、リスク・マネジメントの教科書としては大して役に立たないかも知れない。ブランソンだからこそ成功裡に実行できたのだろう、と思わせられることばかりだからだ。けれど、そのように型にとらわれないユニークな方法で目標を達成し、のみならず、新しい目標を設定して挑戦を継続していく、彼の人生観は理想の経営者像を背中で語っているような気がした。
 もちろん、僕が株主や債権者の立場でいて、自分の投資先/融資先の経営者がこんな冒険家だったら気が気じゃないだろう。ブランソンのような経営者がヴァージンをして非公開化するしかなかったとしたら、それは一方で、金融市場の臆病な側面を図らずも示唆しているのかもしれない。こういう経営者にこそ、潤沢なリスク・マネーを供給できたら面白いのになぁ。

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