- 2009-05-11 (月) 21:47
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Lilacさんのブログで紹介されていたルイス・ガースナー『巨象も踊る』を読む。前のエントリーで取り上げたリチャード・ブランソンを異端と呼ぶならば、ガースナーはそれとは対極の正統に位置する経営者だろう。けれど、ふたりに共通するのは原則を曲げない信念と、そして、あくまでも実行にこだわる姿勢だ。さらに著者としての共通点は、驚くほど簡素で、ゆえに力強いその言葉にもある。この分かりやすさ、信念や実行力の強さと無関係ではないだろう。
当社は市場でぶっ飛ばされている。競争相手が当社の事業を奪っている。そこでわたしは、今度は当社がぶっ飛ばす番になるように望んでいる。
(中略)
競争への注力は感情によるものでなければならず、理性によるものであってはならない。頭で考えるのではなく、肚の底からのものでなければならない。競争相手は、われわれの家に侵入して子供たちや孫たちの教育資金をもっていこうとしている。これが実態だ。
この野蛮にすら聞こえる訓辞で、400人超の経営幹部を鼓舞する。当時のIBMには往年の栄光に浸る雰囲気や内向的な官僚主義があったようだから、新しいCEOであるガースナーのこのような発言はどれほど新鮮であったことだろうか。この発言には演出の側面があったかと思いきや彼はそれを否定し、「わたしは競争相手をぶっ飛ばすのが大好きだ。負けるのは心底嫌いだ。」なんて明言する。誰だって上辺くらいお上品に化粧したい誘惑に駆られるだろうに、この直球勝負。
同様に、彼は「小さいものは美しく、大きいものは醜い」という言説についても、「まったくの戯言だ」と一刀両断。これは耳が痛い。僕自身も大企業に身を置くと、例えば中小企業の経営者と話をするときは、期せずして「大企業は鈍重で、官僚的で、反応が鈍く、効率が低い」と卑下しがちだ。なぜなら、日本的な謙譲の美徳もあって、その方が心地いいからだ。問題は、その謙遜の自己認識がいつしか、本来自分たちが負っている能力と果たすべき責任をすら過小評価してしまうことだ。
だから、次のような彼の言葉がどれほど、大組織ゆえに生まれがちな甘えを戒め、組織を通じた個々人の才能の発揮を促すことか。逆説的だけれども、ガースナーは、重要なのは組織の大小ではなく組織員が活躍できるか否かだと説いているように聞こえる。個々人の貢献が肝要であるがために、結果として、多数の人々が属する大組織はそうでない組織以上に成果を生むべきなのだ。 そして経営者は組織をそのような”あるべき姿”へと率先して導くのだ、と自らにもまた高いハードルを公言して課しているように見える。大企業の組織員にも規模ゆえの言い訳を与えないのと同じ厳格さを以て、彼は、大企業の経営者からも同様の口実を奪っている。
大きいことはいいことなのだ。規模は力だ。幅と深みによって、巨額の投資、思い切ったリスク負担、投資の成果を根気強く待つ姿勢が可能になる。/象がありより強いかどうかの問題ではない。その象がうまく踊れるかどうかの問題である。見事なステップを踏んで踊れるのであれば、蟻はダンス・フロアから逃げ出すしかない。
この正統派の矜持はドット・コム・バブルに沸く業界に対しても掲げている。たとえば、「誇張をお許し願いたいが、狂った科学者(マッド・サイエンティスト)やハーメルンの笛吹きのような経営者が幅を利かせる業界だからこそ、われわれが成功する必要があるのだ」なんて、カッコイイじゃんか。これは彼がハーヴァード・ビジネス・スクールを卒業してマッキンゼー、そしてアメックスの部門責任者やRJRナビスコのCEOを経験した、という外見上の正統性を振りかざしているのではなさそうだ。当然それらの経歴が彼の価値観と無関係とは思わないけれど、この自負はビジネスのあるべき姿へ強いこだわりからくるのだろう。例えば、ドット・コム・バブルについて次のような言及がある。
投資家、そして顧客にとっての教訓は、近道はないということだ。多くの人にとって、eビジネスの「e」は、「イージー」の「e」になったのではないだろうか。イージーな金儲け、イージーな成功、イージーな生活。だが、骨組みまでそぎ落とせば、eビジネスも結局のところビジネスなのだ。そして、本物のビジネスは真剣なものだ。
ガースナーの、ビジネスマンとしてのこの自負は企業の社会貢献の在り方にも関連する。彼は企業からの寄付による社会貢献では「企業は本来の力を出し切っていない」という。
企業は社会のなかで独特の性格をもった組織であり、いくつかの点で、他のどの組織よりもすぐれた力をもっている。とくに重要な点を挙げるなら、企画、資源管理、顧客や関係者へのコミュニケーションなど、各種の生産的活動の方法を知っており、これらはほぼすべての非営利団体にも必要だし、重要なものだ。 (中略) 非営利団体が卓越した組織を築き、維持しようとするとき、支援を要請できる相手が企業以外にあるだろうか。
ガースナーは、家族、教会、仕事を除けば、公立学校制度の質を高めることが「人生の中心」になっていると言う。そのためにアチーブ(Achieve, Inc.)という組織を立ち上げ、各州知事と企業経営者らによる教育改革のための協業に取り組んでいる。本人は言及していないけれど、これはコミュニティ・カレッジの職員だったという母親や、「四年ごとに自宅を担保に教育費を借り」た両親という、教育熱心な家庭環境の影響かもしれない。
ガースナーの魅力は、彼のストイックなまでの実行へのこだわりや、好戦的とも言える勝利への執念よりもなによりも、それらの背後に見え隠れするビジネスへの高い期待と、ビジネスマンであることの矜持にあるように思える。企業の活動自体や企業経営のスキルが社会をより良いものにしていくという信念が、ただ彼の中にあるというだけではなく、行間から滲み出ている。
言うまでもなく、こうした攻撃はアメリカを混乱させ、麻痺させることを目標にしている。(中略) 過去数時間に、当社は多数の大手顧客から業務再開のための支援要請を受けており、IBMチームが対応の準備を始めている。したがって、二〇〇〇年問題での「溶解」を防ぐために努力したのと同様に、いま当社は破壊されたインフラストラクチャーの再建に重要な役割を担わなければならない。現時点でできる最善の動きは、仕事に集中し、要請があれば支援できる態勢を整えておくことである。
2001年9月11日にテロの悲劇が起こったその日に、このようなメールを全社員に発信できる経営者、惚れてしまうなぁ。
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