Home > 読む > 中田安彦「世界を動かす人脈」

中田安彦「世界を動かす人脈」

中田安彦「世界を動かす人脈」を読む。どこか陰謀説を匂わせる題名だけれども、しかし、本書の内容はむしろ事実に即した抑制の効いたもので、読み応えがあった。たとえば僕が引用したヒラリー・クリントンの「有益な相互依存という事実」という言い回しが、デイヴィッド・ロックフェラーの主張そのものであることに本書を読んで気づく。これは偶然の一致だろうか? 彼女の夫のビル・クリントンはウィンスロップ・ロックフェラーの息子の個人的な相談に乗る間柄であったとしても。早合点はできないけれど、本書は資料集としても充実しているし、諸事実が示唆するものは刺激的だ。

米国に亡命した政治学者のハンナ・アーレントは、『全体主義の起源』の中で、ドイツ元外相ラーテナウが、「欧州世界は互いに顔の知り合った300人くらいの貴族たちによって統治されている」と発言したことを紹介している。また、フランスでナポレオン以降、フランス銀行の大株主が200人いたことにちなんで、「フランスはそれまで200家族によって支配されてきた」とする議論もある。

ビルダーバーグには、GS(ゴールドマン・サックス、引用者注)社などの巨大投資銀行、世界の中央銀行総裁も毎年参加している。中央銀行が生みだし、巨大銀行、投資銀行、投資ファンドのところに集まる資金が資本主義経済の原動力である。マネーを支配し、その支配の仕組みを作ってきたのが、このグローバル・エリートたちである。ゆえに、私の書いているのはいわゆる「陰謀説」ではない。

これらが本書の出発点だ。例えば、ビジネス上の合意がどれほど、レストランやゴルフ場で実現してきたかを想像すれば、そのような擦り合わせが世界の次元でもなされていると考える方が自然に見える。1954年にオランダのビルダーバーグ・ホテルで、ポーランド人外交官のユゼフ・ヒェロニム・レッティンゲルを事務局長として、デヴィッド・ロックフェラーなどの有力者を集め、第1回目のビルダーバーグ会議が開かれたという。

この会議は、レッティンゲルの主張する欧州統合を最終目的にしていたものの、当初は戦争によって分裂した大西洋地域の国々の信頼関係を回復させ、ビジネスの面での協力関係を深めることが目的だった。(略)当然、米欧間で意見の対立はあった。意見の対立があるからこそ、このような会議は開かれるのである。

現在の欧州連合とビルダーバーグ会議は無関係ではあり得ないだろう。ちなみに、レッティンゲルは第2次世界大戦中、「イギリス軍の航空機に乗ってポーランド上空からパラシュートで降下し、国内の政府要人・軍人との戦略会議を行った」という。これって、まるでジェームズ・ボンドだ。ともあれビルダーバーグ会議は、「欧州の財閥や大企業と、アメリカの大企業と、政治家、官僚たちが、多国籍企業主導のいわゆる『新世界秩序』を形成していくための政策フォーラムに転化していった」という。会議の出自を考えると、これはむしろ自然な成り行きのように見える。

ビルダーバーグ会議などの会議体もさることながら、それぞれの勢力の競争関係も興味深い。

スタンダード石油で財をなしたロックフェラー家はやがて、事実上の中央銀行として君臨してきたモルガン家と比肩するまでに影響力を持つようになる。ジョン・ロックフェラー2世の義父にあたるネルソン・オルドリッチが議員として連邦準備制度(FRB)の設立(1913年)に関与し、義弟にあたるウィンスロップ・オルドリッチはグラス・スティーガル法の制定(1933年)に暗躍したという。FRBはJ.P.モルガンの影響力を弱め、グラス・スティーガル法はJ.P.モルガンを商業銀行としてのJ.P.モルガンと、投資銀行としてのモルガン・スタンレーに分割する。

J.P.モルガンとモルガン・スタンレーの分離は今日にも続いている一方で、本年のバンク・オブ・アメリカによるメリル・リンチ買収などで、商業銀行と投資銀行の分離というグラス・スティーガル法の当初の昨日は有名無実となっているようにも見える。経済情勢が流動的な現在こそ、勢力図を塗り替えるような動きが水面下で起こっているのだろう。ルー・ガースナーは「人間には4つのタイプしかない。何かを起こす者。起きた何かに翻弄される者。起きたことを傍観する者。そして何が起きたかに気づかない者である」という言葉をカーライルの会議室に飾っているそうだけれど、これから起こるであろう変化、気づかないよりはせめて傍観してみたい。

本書ではヨーロッパやアメリカの財閥のほかにロシアの動向も詳説されていて、これも面白い。ガスプロムの拡張主義はサハリン2プロジェクトで見せつけられたけれど、同社は「07年現在でもすでに欧州市場の天然ガス流通量の25%を占めており、これを2015年までに33%に増やす意向だという」。さらにガスプロムの影響力はいまやメディアにも及んでいるという。「同社は、ガスプロム・メディアというメディア産業も抱えている。この会社は、リベラル派のテレビ局NTV、『イズベスチャ』紙や『プラウダ』紙までも吸収している」というのには驚いた。

著者は「政府資金の財閥への払い下げが腐敗と汚職の温床になったのは、明治時代に近代化を目指した日本と同じである」と、エリツィン政権下のロシアの状況を形容している。著者はブログで、かんぽの宿問題に関して「小泉構造改革を支持してきたオリックスの宮内義彦会長に対する論功行賞だった」との立場から鳩山前大臣を支持する立場を取っている。僕自身はそう信じるに足りる根拠を持っていないし、むしろオリックスへの売却価格は公正な市場価格と看做せるとも感じているので、著者とは違う印象を持っている。

僕は郵政民営化についてはむしろ、それが下記のようなアメリカ側の意向を沿ったものである点をメディアがあまり言及しないことに違和感を覚える。例えば最近アーミテージ元米国務副長が、日本がアメリカの核の傘にあることを再確認する発言をしているように、日本の安全保障は依然としてアメリカに依存している。そのような地政学を出発点に、日本がアメリカの核の傘に対して外交面あるいは内政面でどのような対価を払うべきかという「価格決定」の議論こそが、原価ですら所詮2400億円でしかないかんぽの宿をめぐる価格決定の議論――ゆうちょ銀の総資産200兆円の運用に比べたら誤差の範囲だろう――よりも重要に思える。その議論は自ずと、ガスプロムに見るようなロシアの拡張主義への対応をも含むだろう。これらの課題を考えるに際して、世界の力学における人的な側面という新しい視座を本書が与えてくれた。

米国は、郵政の民営化と改革が完全に市場志向型で実施されるならば、日本経済にとって多くの潜在的利益があるプロセスであるとの認識から、引き続き重大な関心を払っている。さらに、米国は、このような改革が透明性を持って進められ、銀行、保険、エクスプレス便市場で、日本郵政株式会社およびその子会社(日本郵政グループ各社)と民間の競争相手との間に対等な競争条件が整備されることが重要であると考える。従って、米国は日本に対し、対等な競争条件を担保するために必要なあらゆる措置を講ずることを引き続き求める。
(出所:日米規制改革および競争政策イニシアティブに基づく日本国政府への米国政府要望書)

関連記事:

Bookmark and Share

Comments:0

Comment Form
Remember personal info

Trackbacks:0

Trackback URL for this entry
http://www.thesyntaxerror.net/2009/06/20/235354/trackback
Listed below are links to weblogs that reference
中田安彦「世界を動かす人脈」 from チャールズ街141番地 by the SYNTAX ERROR

Home > 読む > 中田安彦「世界を動かす人脈」

アクセス数
ツイッター
最近の投稿

Return to page top