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鈴木貴博「カーライル―世界最大級プライベート・エクイティ投資会社の日本戦略」

http://blogs.wsj.com/deals/2009/05/29/carlyle-group-humbler-but-in-many-ways-bigger/

5月29日のウォール・ストリート・ジャーナル紙が「カーライル・グループ: より質素に、しかし多くの点でより巨大に」という記事で伝えるところでは、カーライルの年次報告書によると同社の運用資産額が2007年から2008年にかけて40億ドル増加し、850億ドルに達したという。そこで、ガディッシュ他「プライベートエクイティ 6つの教訓 経営のための知恵袋」に続き、鈴木貴博「カーライル―世界最大級プライベート・エクイティ投資会社の日本戦略」を読んで同社の理由の秘密を学ぶことにする。

カーライルの会長、ルイス・ガースナー(著書に「巨象も踊る」)は「とどのつまり、カーライル・グループは株主です。株主の立場で長期的に企業の価値が高まることを目指します」と言う。また、著者は「米国のように一年で交代する株主には、長期の視点で経営者を統治するインセンティブはない。一方で、長期にわたって株式を保有する日本の機関投資家の場合は、物言わぬ株主であり続けた結果、企業ガバナンスからは遠い存在となっている」と解説する。プライベート・エクイティ(PE)の価値の源泉は、このような企業統治の間隙を埋めることにあるように思える。例えばマネジメント・バイアウト(MBO)について、本書は次のように言う。

株式会社では通常、これ(MBOのこと、引用者注)と逆のメカニズムが働いている。つまり、「株主による経営陣の交代」である。この株式会社としてのあたりまえのメカニズムが、ある経営環境においては経営にとってマイナスになる現象が起きる。そのときに経営者は、株主を後退させたいと考える。そのようなケースが、カーライル・グループの考えるMBOの本質である。

岩瀬大輔氏が先日の講演で「誰からお金を集めるかが」も重要であると言っていた。僕もまた、資本は無色透明ではなく多様な思惑に染まっている以上、どのような色の資本構成にするかもまた、企業に対して経営者が負う責任のようにも見える。もちろん、経営者は第一義的には既存株主に対して責任を負う(MBOには既存株主との観点では情報格差などの課題もある)。その一方で、副次的ではあるもののより長期的な観点では、経営者は永続的な存在としての企業の成長に責任を負い、それによって製品/サービスや雇用の供給の形で社会的な責任を負っているといっても言い過ぎではないだろう。

上記に引用した「ある経営環境において」の例として本書は、東芝セラミックスの事例が挙げられている。同社は上場を維持したまま大規模な設備投資を行っていれば、株価下落を招いた可能性があったという。既存株主の意向に沿って投資を行わなければ長期的な企業価値が損なわれ、また、既存株主の意向を無視して投資を行えばそれは経営陣による背任的行為だ。そこで第3の選択肢として「MBOによる株主の交代」があるという。ちなみに、設備投資について次のような興味深い言及があった。

株式市場についての研究論文によれば、時価発行増資を伴う大規模投資の発表により、上場企業は平均して25%の企業価値を失うというファクトがある。株式市場は投資により得られるはずの長期リターンよりも、増資によって希釈される足元の企業価値に過敏に反応するのである。

個別の事例の中で、カーライルがキトーに出資した際、カーライルのマネージング・ディレクターである山田氏が行った提案が面白かった。同氏はキトーの北米、欧州、中国の現地法人経営者を集めた経営会議(グローバル・コミッティ)の創設を取締役会に提案して実現させているのだけれど、同会議体の発言の順序に一計を案じたという。発言の順序を米国→中国、の順にしたという。

米国人の新しいCEOは、経営計画を語るにあたって必ずグローバルな視点を加える癖のようなものがあった。米国の利益だけではなく、今キトー全体がどこに向かおうとしているのかをまず語り、いかに成長の可能性があるのかグローバルな事業機会を語り、その絵の中でキトーの米国法人がなすべきミッションを語るようになる。次に中国の発言の番だ。当然、対抗意識を持つ。最初に発言したアメリカのCEOがポジティブに事業機会を示した以上、自分もポジティブに語らなければならない。グローバルな絵の中での中国の役割についても意識せざるをえなくなる。

このようなソフト面での経営への関与も、株主が企業統治のために取るべきひとつの手法だろう。ちなみに上記の米国人CEOは、カーライル側がヘッドハンターを通じて雇用したもので、同社はそれに先立って前任者の責任について証拠を集めて提示し、訴訟回避の準備をしたうえで経営陣を交代させているという。企業の成長にとって必要なアクションは建前としては経営陣によって実施されるべきだけれども、それが何らかの理由で完遂されないときは、新たな経営陣あるいは株主の手によって補完される必要がある。PEはこのような事態の安全網として機能しているように見える。本書はこの点について次のように説明している。

メインバンク制と株式持ち合いという歴史的経緯の影響で資本市場が機能しにくかった日本においては、成長の停滞や部分的に非効率を抱える企業が欧米と比して相対的により長く放置されてきた。放置される期間が長引くことで、当該企業の成長機会を実現するリスクはより高まる。こうした企業の成長を実現するためには、より高いリスクを許容することができ、同時により強いガバナンスを発揮できるリスクキャピタルの担い手が必要となってきた。(略)企業へ直接リスクマネーを投下するのではなく、企業へのガバナンス能力を持つプライベート・エクイティという存在に機関投資家はリスクマネーとガバナンスを同時に委嘱することで、この矛盾を解決しようと図っているとも言えるのである。

日本における資本市場の未発達は、経営者市場のそれとリンクしているだろう。リスク・マネーの供給は、当然に企業統治(ガバナンス)を追求し、場合によっては経営権を直接に要求する。この最終段階で実際に経営にあたれなければ、つまり伝家の宝刀が錆びついていては、リスク・マネーと企業統治とが成すべき表裏一体の関係が剥離してしまう。本書の指摘を引用する。

日本の経営陣はまだまだ経営のプロと呼ばれるほどの人は少ない。欧米のように経営を専門に学び、経営者として何社もの企業を経営し、その結果現在の地位にあるといったプロの経営者は、日本にはほとんど存在していない。多くの日本の大企業ではつい数年前まで社員だった人々によって企業がと経営されているのが実態であるがゆえに、多くの企業は彼らプロになったばかりの経営者によってアンダーマネージされている。

伝統的な日本企業であればあるほど、先輩である経営者が後輩である従業員を指導するというヒエラルキーがピラミッドのほぼ全ての階層を構成していて、不特定の株主に対する責任を意識する機会は驚くほど機会が少ないだろう。僕もまた、大学を卒業してすぐに株主側として投資先の事業計画をともに作成したり役員会に陪席したりしたけれど、僕自身が負うべき自分たちの背後の投資家への責任について本当に意識をしたのは、それからもうしばらく経ってからだった。このような状況を鑑みると、カーライル日本代表の安達氏の考えは明快に響く。

投資をした以上、資金の提供者である企業年金や生命保険などの投資家はリターンを得なければならない。投資家は自らリスクを負いながらリスクマネーを提供しているのだから、その資金を集めたファンドのゼネラルパートナーは経営者の行動に直接責任があるのである。「だからもし経営者ができないとなったら、カーライルは自分で腕まくりをして経営するぐらいの覚悟をもった人間でなければならない。」(と安達は語る、引用者注)

本書はカーライルの日本における投資事例を知る情報源として有益だったけれど、それだけに、全体に散見される「カーライルはいい企業だ」という論調や、ともすると「プロジェクトX」ばりの情緒的な描写が耳障りで残念だった。一方、僕はこのあとで、ダン・ブリオディの「戦争で儲ける人たち―ブッシュを支えるカーライル・グループ」という対照的な論調の本を読んだりもした。結局のところこの分野の――つまり、非文学的な――本における論調や描写なんて、その向こう側にある事実の重要性に比べたら、フィルターで濾してしまえる澱に過ぎない。

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