- 2009-08-17 (月) 17:23
- MBA留学記

日曜日の朝、人生初のセイリングに挑戦。ビーコン・ヒルの家とMITのキャンパスを歩いて行き来する時には、チャールズ川に架かるロングフェロー橋を歩く。そこから見える青い空、雲を映すハンコック・タワー、金色に輝く州議会議事堂、そして、川辺の緑――。けれど、何よりも目を引き、また、心を奪うのは川面を滑るヨットだった。そして、ついに――という程の間も置かないマークはずす飛び込みで、僕は早速セイリングに挑戦する。
MITのセイリング・パヴィリオンではまず、学生と思しきヴォランティアがヨットの各部の名称や帆走の原理、また操舵の方法を講義してくれた。聞けばこの施設はすべてヴォランティアによって成り立っているとのことで、僕は単にこのような余暇が無料で楽しめるという利益だけでなく、それを可能たらしめているコミュニティの強さに触れて改めて驚いた。講義から実地の訓練、そして「いつでもヨットを無償で貸してくれる」、という手厚い待遇に触れると、自分がこのコミュニティに対して何を返礼できるのかを否応なく考えさせられてしまう。
ともあれ、講義のあとは2人乗りのテック・ディンギーという小さなボートに乗る。前職の上司たちの何人かはセイリングの経験があり、ランチにはよくセイリングの話になったから、ディンギーというのは聞き覚えがある。テック・ディンギーというのは、何か特別なディンギーなのかも知れないし、MITの枕詞というだけかも知れない。ともかく、そのディンギーに僕はイスラエル人の同級生Aと乗り込む。
Aはもっと大きいボートでセイリングの経験があるらしく、彼は同じ受講生でありながら僕に舵の動かし方や帆の張り具合について、かなり的確に教えてくれた。そのお陰で僕たちのボートは難なく川面を走る風と一体となって、かつ、僕たちの意思で自由に方向を変えながら、チャールズ川を往来した。気まぐれな風に吹かれながら、しかし、風の吹くまままという訳ではなく、まさにその制御不可能な風を利用して意のままに帆走する。受動と能動が混在した、このバランスが気持ちがいい。
「大きな船の操舵はどんな風なの?」とAに聞いたら、彼は小さな船より緩慢に動くと言って、「それはちょうど、大きな国では小さな国ほど単純にマクロ経済が働かないのと似ている」なんて添える。操舵もマクロ経済学も僕にはあまり馴染みのないもので、僕は船を風上に向かってジグザグに走らせる方法もまだ半信半疑なら、小さい国でよりマクロ経済政策が単純というのも分かったような分からないような気分だったからだ。ただ、こんな環境で聞くと、「経済の舵取り」なんて表現にも奇妙なリアリティを感じてしまう。
Aはイスラエルでソフトウェア関連の企業を立ち上げてそれを売却し、別の会社でプロジェクト・マネジメントをしていたという。そんな訳で僕は、彼からは操舵の方法だけでなく、典型的なソフトウェア開発の手法と彼が考えた新しい手法との差異についても学ぶことになった。たしかに、MITが所有するこのボート、テック・ディンギーと呼ぶに相応しい代物かもしれない。ちなみにAはモーターボートに乗った見張り役の学生に向かって「川に飛び込む」と叫ぶと、下着になって飛び込んでしまった。
「帆を風と平行に張れば船は止まる」と言われても、独りで残された身としては心細い。結局Aは見張り役の学生に「早く戻りなさい」と怒られてすぐに戻ってきたのだけれど。ちなみにモーターボートの上の彼女は彼が飛び込むと言ったとき、「いいわねぇ。私も飛び込むわ」なんて返していた。僕も彼女同様Aの話は冗談だと思っていた。このあたりの文化的な、いわば感性の違いというのは教室でも溢れていて、それは僕の生活の良いスパイスとなっている。ちなみにチャールズ川の水質はB+ということで、まぁ泳いでも構わないらしいけれどね。
ともあれ、Aと僕とはまたボートに乗ることにして連絡先を交換して別れ、僕は初めてのセイリングを終える。
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