- 2009-09-05 (土) 20:12
- MBA留学記


Photographed by Mario Sarto
トタル社のレセプションのあと、スローン校の先輩Yさん宅でパーティ。スローン校の学生に加えて、MITで言語学やら原子核なんとかやらを専攻する学生、ハーヴァードのケネディ校で国際開発を専攻する学生など多彩なメンバーに出会う。なかには、子供の病気で困難な状況(延命治療や医療事故など)に直面した親とのコミュニケーションについて、小児科医に助言するコンサルタントなど、一言で言うと「そんな領域があったのか!」、という目からウロコ体験を、エネルギー論と続けざまに味わう。とりわけ印象的だったのは、量子コンピューターがらみの話だ。
”原子核なんとか”を専攻するHさんに具体的な研究内容を聞いたら、それは量子コンピューターに関するものだと言う。量子コンピューターは単に計算が速いというだけではなくて、従来のコンピューターでは不可能だった処理もできるようになるという。そこで僕はうろ覚えの知識を頼りに「確かデータの盗聴が出来なくなるとか?」なんて聞いたら、Hさんいわく、「量子コンピューターではデータの盗聴は物理法則に反するから無理なんです」という。この力強い断言に、僕は、鼻からピノ・ノワールを噴き出しそうになる。「その締め切りは物理的に厳しいッス」とかなんてセリフはよく聞くけれど、そんなものは概して物理学と関係ない。ところが、Hさんが「物理法則に反する」というのは、まさに字義通りの意味なのだろう。盗聴を、法理でも倫理でもなく、物理で阻止してしまうというのが凄い。物理って強い。
ちなみにHさんは――僕の理解が正しければ――量子コンピューターの記憶媒体を研究しているとのこと。その媒体は何でもダイアモンドとのことで、ダイアモンドに僅かに生じた空孔に情報を記録するらしい。ここまで来ると僕のイイカゲンなパーティ・トークもお手上げなので、「Hさんは……なんてことを研究されてるんですって!」(やれやれ凡人には考えも及びませんよねぇ)とYさんに振る。するとYさん、間髪入れずに、「ということはスピンを利用するの?」。ビジネス・スクールの学生だから”こっちの人”だと早合点したけれど、そういえばYさん、理論物理学なんてのを専攻していた”あっちの人”なんだった。恐るべし、理系ワールド。というか、スピンって何?
Hさんの出身大学は僕と同じなのだけれど、もちろん理工学部卒。ずっと見て見ぬ振りをしていた理系ワールドにこうも囲まれると、なぜ僕は理工学部に行かなかったのか、と却って考えさせられる。法学部を目指した積極的な理由ももちろんあるけれど、理工学部に行かなかった理由のトップ3くらいには「女の子が少ない」なんてのがあったのもまた事実。今春その理工学部を卒業したばかりの、僕より何歳も年下の若者が、炭素だかその電子だかにスピンをかけて量子コンピューター用のUSBメモリみたいなものを作ろうとしているらしい。学部を卒業して半年たった頃というと、僕がちょうど商社で合コンに明け暮れていた時期に相当するわけで、この彼我の差はバツが悪い。しかもAさんには「こんなところで素晴らしい卒業生に会えて嬉しい」という悪い冗談のようなお言葉を頂戴して恐縮至極。
「こちらこそ、こんなところにお邪魔してしまって申し訳ない」というような気分にならないでもないけれど、僕を入学させたのはMITの責任と割り切って、存分に理系全般を含む”あっちの世界”を楽しもうと思う。結局のところ世界には”こっち”も”あっち”もなくて――あるいは、それは単に便宜上の区分にとどまるのであって――、僕にとってこの日々は彼我のキャズムを埋める千載一遇のチャンスなんだろう。僕自身が勝手に作り出した認識の死角――あるいは空孔――に、なるたけの情報を詰め込んで帰ろう。
冷たい泉に 素足をひたして 見上げるスカイスクレイバー
好きな服を着てるだけ 悪いことしてないよ
金のハンドルで 街を飛びまわれ 楽しむことにくぎづけ
ブラウン管じゃわからない 景色が見たい
(中山加奈子「DIAMONDS」)
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