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金融部門肥大化への警告 – サイモン・ジョンソン教授講演

Photographed by Fletcher6

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8月31日、マリオット・ホテルにて入学式。MIT学長のスーザン・ホックフィールド(Susan Hockfield)氏やスローン校学部長のデイヴィッド・シュミットライン(David Schmittlein)氏らから歓迎の辞を受けていやが上にも気分が高揚する一方、午後に行われたサイモン・ジョンソン(Simon Johnson)教授の講演には大いに考えさせられる。ジョンソン教授が発する金融部門肥大化への警告は、単に産業界のいち部門に関する指摘に留まらず、産業界全体――特に経営層――に期待されるリーダーシップを問うているからだ。この文脈でホックフィールド学長の祝辞を思い返すと、もはや浮かれた気分にはなれず、むしろ襟を正される思いがする。

シュミットライン学部長によると、ビジネス・スクールのなかでも入学式に大学の学長が出席する学校はほとんどないとのこと。現にホックフィールド学長――脳神経学者にして女性初のMIT学長だ――は、「心と手(Mens et Manus)」つまり「理論と実践」を旨とする本校の哲学に触れる。その上で、MIT他学部による技術革新を社会で生かすためには、まさに「あなたがたの」経営手腕が必要なのです、という旨を述べる。僕はかねてスローン校が「ビジネス・スクール」を名乗らず、「マネジメント・スクール」(the Sloan School of Management)を名乗ることに敬意を覚えていたのだけれど、今回あらためて、マネジメントの社会的な役割を思わずにはおれなかった。それはマクロ的には「実行部隊」ということになるのだろう。

上記のように考えるとホックフィールド学長の祝辞には叱咤のニュアンスを感じなくもないけれど、ジョンソン教授の講演はさらに手厳しい。ジョンソン教授は国際通貨基金(IMF)の元チーフ・エコノミストでスローン校では起業論を教えている。彼は、目下の金融危機は「100年に一度の不運な事故」などではなく、1980年代の米国における金融政策転換とそれによる金融部門の肥大化が引き起こした必然だと言う。教授は金融部門の社会的意義を肯定しつつ、一方で、近年の金融部門は付加価値を生まないまま巨大化し、政治的発言権を強めながら金融産業がいわば自己目的化していると指摘。

教授によると、20世紀半ばには米国のGDPに対する金融部門の利益の割合は10%台であったのに対し、2000年代初頭には40%を超える水準にまで高まっていたという。また、別の指標として、2000年代初頭に金融部門の報酬が他の民間部門の1.7倍にまで到達したことを指摘。ジョンソン教授の問いは、金融部門は果たしてそれほどの付加価値を社会に提供してきたのか?というものだ。教授は20世紀半ばの資本市場でも今日と比べて特段非効率という訳ではなかったという。政府の金融部門救済は、金融部門の価値が回復する――例えば、GDPの40%相当までに――との前提に立つものの、救済プログラムの総額はGDPの90%にも上り、さらに、そもそも金融部門の価値が回復しない――というか、より低い位置付けに戻る――リスクを孕むのが問題だという。

本源的にはGDPの40%相当ほどには価値を持たない金融部門に政府がGDPの90%もの資金を割くことで、結果的に経済の非効率を招くとしたら皮肉なことだ。それは、より付加価値の高い産業に向けられるべき資金が、より低価値の産業に逆流していることになる。資金の効率的配分を使命とする金融部門自身が、非効率な資金の使途となってしまったとしたら、これはあまりに皮肉だ。ジョンソン教授はさらに、人材についても金融部門が過度に吸収していると指摘。教授の別の資料では、1970年にハーヴァードの大学院から金融部門に就職する学生は全体の5%であったのに対し、その比率が1990年には15%までに高まっているという。他の産業であれば高い付加価値を生み出せたであろう人材を、トレード画面に張り付かせて秒単位の裁定取引をさせることで金融部門が浪費している、というのが教授の指摘。

後日の授業で、ある同級生が「投資銀行は夢の職業だったけれど、もうそうではない。だから辞めてスローン校に来た」と話していた。かつて投資銀行がそうであったであろうように、今ではクリーン・テックとヘルスケアがちょっとした”流行”に見える。そういう流行にも目を奪われつつ、けれど、いわば「ポスト投資銀行」の今だからこそ、コーポレート・ファイナンスをしっかり勉強するのは面白いかなぁと思う。トタル社のレセプションのあと、帰り道を一緒になった別の同級生は、「今はみんな風力とか太陽光とか”セクシー”なエネルギーに行きたがるけど、自分は敢えて石油と石炭を専門にするつもりだ」と言っていた。結局のところ、ある産業セクターが肥大化する根源のひとつには、僕らの付和雷同の臆病風と肥大化した万能感もあるのではないか。

別のキャリア論の授業では「その職業で自分がどんな貢献ができるか」を問えと、耳が痛くなるほど聞かされた。経営の要諦がつまるところ資源の効用を極大化することにあるのであれば、僕たち自身がどの産業で能力を最も生かせるのか、という効用の見極めが最初にして最重要の一歩だろう。それのヒントは恐らく、ビジネス・スクールの中というよりもむしろ外の才能、例えばMIT他学部との交流なんかにあるんじゃないかなぁ、と期待。

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