- 2009-09-13 (日) 2:34
- MBA留学記


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MITスローン校でごく初めに読んだケースのうちのひとつは「In the Shadow of the City」というエチオピアの首都アディス・アベバのスラム復興事業についてのもので、間もなく読んだものには「Digital Divide Data」というスローン校の卒業生である社会起業家がカンボジアとラオスで始めた教育支援事業だった。そして最近はハーヴァード大学ケネディ校で国際開発を学ぶShanさんにも会う。そんな近況を話した訳でもないのに、nafnafがツイッターで「経済成長をしなければならない、という命題は真なのか?」という直球のつぶやきを放つ。個々の事業の発展の先にある経済発展とは何なのだろう。日曜深夜3時の校舎で少し考えてみることにする。
Shanさんのブログ記事「Gapminder」で紹介された同名のサイトを訪ね、「Play」ボタンひと押しで再現される、ひとり当たりGDPと出生時平均余命の見事なまでの相関を見て息を飲む。例えばスワジランドの平均寿命は40歳で、日本の83歳の半分以下だ。もちろん、GDPの成長に比して平均寿命の増加は頭打ちになるのだけれど、大まかに言ってひとり当たりのGDPが5,000ドルを下回る国にとっては経済成長は文字通り死活問題と言って構わないだろう。
一方で、例えば日本のように豊かな国がなぜこれ以上の経済成長を追うのか、という疑問は感覚的には分からないでもない。けれども、現在の日本の豊かさは他国との相対的な差異によって成り立っている、と考えるとその差異を維持するための経済成長は自明に見える。藤沢数希氏のブログ記事「経済が成長しないことの本当の意味」は極端ながらも痛快に、ひとり当たりGDPでアジア諸国が日本を上回ると「アジアの国の中年男性や学生が、日本の「安い」女をたくさん買いに来ることになります」と書く。売春が好ましいものでないとしても、事実として日本人男性が東南アジアで買春をしていたことは彼我の経済格差によるもので、それが逆転すれば売り手と買い手が入れ替わっても不思議ではない。これは極端な例だとしても、以前書いたように、現代がイケアが体現する世界的一物一価の時代であることを考えると他国との相対的経済力は無視できない。経済成長の意味を問うことと、貧困の意味を問うことは、コインの両面の関係にあるように見える。
ガソリンが買えない人々を見て僕たちは「可哀相」だなんて思ったりもするけれど、その感情が孕む「僕たちはガソリンを買えて当たり前」という暗黙の前提は正しいのだろうか。格差など自明であるべきでない、という寛大な立場に立てば立つほど、今度は「彼ら」が自分の競争相手であることを思わずにはおれない。等しい生産能力に等しい対価が与えられることは実に人道的で、貧困に喘ぐ国が最終的に活路を見出すのは世界の商品/サービス市場と資金市場へのアクセスになるだろう。彼らが我武者羅に努力して世界市場に価値を提供し――それは例えばイケアでたった10ドルで売られる椅子だとか――、その対価で世界の資源にアクセスする。例えば、ガソリンを買う。
日本人が人種的遺伝的に天賦の才に恵まれていないのだとしたら、僕たちもガソリンを買うためにやはり、等しく価値を創出する必要がある。「可哀相」な人たちにガソリンを買えるようになって欲しいけれど、かと言って今度は僕たちが「可哀相」な側に立ちたいとは思わない。こう書くと世界は一定の資源をめぐる弱肉強食の野蛮な荒野に見えないでもないけれど、価値の創出には例えば、「ガソリンを使わずにすむ方法」なんかを生み出す知的生産だって含まれる。そうした価値を――他に適当な指標がないので――貨幣で図ったとして、その増大を目指す経済発展は望ましいものと考えていいだろう。
ただし、泥棒がいなければ必要ない防犯警備なんかもGDPの計算に加算されてしまうのには疑問がある。泥棒が多いので警備会社が大繁盛している国の方が、泥棒がいないので警備会社などがない国よりも、他の条件が同じならば「豊か」だ、というのは妙な話だ。ジャンク・フードの売上とダイエット・フードの売上についても同じことを思うけれど、これらは指標の問題というよりも人間が抱えるの矛盾そのものだろう。ともあれ、この不具合は価値創出競争としての経済発展の効用を打ち消すほどだとは思わない。
追記:池田信夫氏が本日付ブログ記事「ユニクロは日本を滅ぼすか」で、 「日本の労働者の賃金が中国に鞘寄せされること」、「特に単純労働者の賃金は世界的に均等化している」ことを言及していたので紹介。同ブログで引用されている浜矩子氏の記事を読んだ訳ではないので断定はできないけれど、このような言説がまかり通っているならば、世界経済の中での日本という大前提を今一度見直さないと日本の将来は危ういのではないか、と大袈裟にもつい思ってしまいます。
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