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「赤ひげ神話」と日本の頭痛

ハーヴァード松下村塾、通称「ヴォーゲル塾」での最初の議題のひとつは、日本の医療についてだった。その場には日本や海外で経験を積んだ医師の方が多くおられたので、僕には縁遠い医療の現場を知るいい機会にもなった。アメリカはもとよりドイツやニカラグアの医療と比較する議論の中で、特に印象的だったのは「赤ひげ神話」という単語だった。この興奮覚めやらぬまま帰宅して読んだLilacさんのブログ記事「技術者が金儲けして何が悪い?-頭脳流出のススメ」にも通底するテーマを感じた。日本社会は本当に人材に報いているのか。

日本の医師の過労について話が及んだ時、ある方が人口1,000人当たりの医師数を話して下さった。日本は2.7人でアメリカは3人ほどだと言う。これだけでは日本の状況が劣悪とも言えないと思ったので、需要の質についても訊いてみた。するとやはり、(たかだが)38度の熱で深夜3時に小児科医に電話をするような親がいるなど、日本の皆保険制度に”ただ乗り”するような事例が少なくないという。

日本の医療サーヴィスの質は総じて高い、というのは参加者がほぼ意見を一つにするところだったけれど、その質の高さが医師の犠牲に成り立っているという印象は拭えなかった。ある医師は、年配の医師たちの多くは「赤ひげ神話」が誤っていたと考えている、と話してくれた。己を二の次にして医療に専念する医師像に対する業界内での反省があるようだ。ある人は、日本人がその誠実さで職務に当たる限り日本の優位は揺るがない、という旨の発言をされていた。僕もそれには賛成なのだけれど、次のような疑問が頭をもたげる。日本社会は専門職の善意を食いつぶしていて、その熱意を保ち高める仕組みを欠いているのではないか?

例えば中央省庁が輸出産業として期待を寄せるアニメ産業でも、末端のアニメーターの時給は500円を切るとも言われ、彼らはいわば夢という霞を食べて生きる仙人のような存在にも見える。けれど、アニメーターに仙人がいるはずもなく、この経済状況から業界を去る人も少なくないだろうし、さらに、このような状況を見て業界を諦める人もさらに多いだろう。同様のことが医師――特に産科医と小児科医――でも起きているようだ。

海外で人気のアニメにせよ、米国であらためてその水準の高さを思う日本の医療にせよ、その競争の源泉である人材を外側から動機づける仕組みは弱い。「医者は使い捨ての状況」とある医師は言う。愛国心に訴えた特攻が持続的であるわけもなく、さらにそれは、効果的ですらないかも知れない。そんな会合を後にして読んだLilacさんのブログには、次のようなことが書いてあった。

(引用者注:MITの)工学部修士を出ると、新卒で、平均で86,000ドル(約860万円-100円換算)も基本給がもらえるらしい。ボーナスを入れると10万ドルだ(約1000万)。更に博士を卒業して、企業に勤めると、平均で106,000ドル(約1060万)の基本給に、ボーナスが2万ドル(約200万円)も付くらしい。すごいね。日本の技術者が生涯かけてやっと到達する年収に、MITの卒業生は、卒業後すぐに到達するんだそうです。

ヴォーゲル塾のもうひとつの議題は「民主党新政権と外交政策」だったのだけれど、ここで話題になった「日本の技術の優位」についても、上記の記事を読むとその競争力を支えている技術者への待遇は必ずしも「競争的」でないことが伺える。アメリカで様々な求人を見て、多くの企業は報酬の額を開示しないものの、報酬の項目に「competitive」という単語をしばしば書いている。要は「うちの給料はよそに見劣りしませんよ」ということで、その真偽はともかく、「組織間には人材獲得競争がある」という社会の前提があるのが面白い。

報酬や労働環境が職業的動機の全てではもちろんないけれど、しかし、かといってそれらを社会や雇用者は軽視すべきではない。人材を過小評価し続ければ、いずれ彼らは他の組織や他の国に移ってしまうだろう。のみならず、現に医療で起こっているように、社会にとって必要な人材をその社会自身が再生産できなくなってしまう。企業経営者の報酬については議論が分かれるとしても、例えば医師や技術者の待遇については日本社会として大いに改善の余地がある、というのは確かだろう。日本の頭脳が疲弊してしまうなんて、社会にとって頭痛の種以外の何物でもない。

もっとも、この議論は長期的には社会善の拡大再生産を志向するものとしても、短期的にはパイの再配分になる。医師や技術者が「値上がり」したら不都合な人もまたいるだろう。その中には身寄りのない老人から38度の熱で病院に電話する親まで、需要の質にも差があるはずだ。これは犯人探しのようで全く人気を取れる仕事ではないだろうけれど、日本社会の無駄あるいは”ただ乗り”を見極めて是正する作業、今後の社会的課題になるのではないだろうか。やれやれ、これも本当ならば頭の痛い話だなぁ。

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