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ビアスタットとリーマン・コレクション

Source: The Metropolitan Museum of Art

Source: The Metropolitan Museum of Art

先週金曜日は金融専攻の一環でニュー・ヨークを訪問。いくつかの金融機関で朝食や昼食をともにしながら、投資銀行業務やヘッジ・ファンド業界の見通しなどを聴く。ちょうど投資銀行各行が7-9月期の好決算を発表した後だったこともあってか、ウォール街の回復を印象づける節もあったけれど、局地的な話はともかく様々な視点に触れられたのが収穫。あるヘッジ・ファンドの担当者が言っていた「あなたがドーナツを買うとき、あなたはドルを売っているんです」というセリフ、言われて見ればその通りだけど実に新鮮。さて、僕はこの視察旅行の合間を縫って、メトロポリタン美術館に滑り込む。寝不足と土砂降りの雨で憔悴していたけれど、この心境で観る絵にはまた別格の良さがあった。

前夜はボストンで会食があったので、結局ボストン発のバスに乗ったのは真夜中で、マンハッタンに到着したのは朝の4時。そこから、同級生の友人が持っているというダウンタウンのコンドミニアムに泊めてもらう。この持ち主は成功した起業家らしく、ウォール街で打ち合わせをするときのためにこの物件を買ったという。確かに、この物件はゴールドマン・サックスの目の前で、部屋の窓からはバンカーの机が覗ける。同級生と、ビジネスがうまくいったらこういうのを買おう、なんて子どもみたいな冗談を言い合ってから数時間の仮眠。早朝はまさに隣の投資銀行でレクチャーを受ける。

それからは移動に次ぐ移動で、改めてマンハッタンがいつも想像以上に”縦長”なことを思い知らされるけれど、それすらもメトロポリタン美術館に行く時ほどではなかった。折りしもニュー・ヨークは土砂降りで、傘を持たずに濡れ鼠の僕は54丁目のホテルから何十台ものタクシーに乗車拒否に会いながら、それでも時間を節約するために北へ歩く。ようやくタクシーを捕まえる、というか半ばカー・ジャックのごとく乗り込んだのはセントラル・パークの南端だった。五番街は南への一方通行なので、タクシーを降りたマディソン街から西に向かって歩く1ブロックでさらにダメ押しのシャワーを浴びる。寝不足とストレスと土砂降りでボロ雑巾のようになって美術館に到着。フランダースの犬の最終回を思う。

これでルーベンス展だったら死ねたけれども、常設展に行ったので生きた。というか、生き返った。絵画に敬意を払うべくトイレの紙タオルで体中の雨水を拭いたら、ビザンティン帝国の品々を通り抜け、近代絵画へ急ぐ。同級生との集合時間を考えたらあと45分しか居れないだろう。また雨に濡れるだろう。バスに4時間乗って帰ったら金融論の宿題をやらなければ。風呂に入らないと風邪をひきそうだ。そういえばバークレイズ・キャピタルで昼飯に与って以来何も食べていない。このデスパレートな心境で観て、僕は初めてルノワールが好きになった。それまではクッキーの化粧箱みたいな甘ったるさが鼻についたのだけれど、その甘美は疲弊した心身にどれほど染み入ることか。

Source: The Metropolitan Museum of Art

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この「ピアノに向かう2人の少女(Two Young Girls at the Piano)」、美術館のウェブサイトで確認したら、ロバート・リーマン・コレクションのひとつだという。リーマン・ブラザーズはもはや消えてしまったし、数時間前に僕らが見上げた同社名物の電光掲示板も、今やまるで何事もなかったかのように別の社名を映していた。諸行無常を思わずにはおれない。けれど、帝国の栄枯盛衰が決まって博物館を残すことを思うと、このルノアールこそが事業的野心がついに打ち立てた金字塔に見える。成功した事業家の多くが後年世のために大いに散財するのは、アメリカ資本主義のいい一面だろうと思う。虎は死して皮を残す、と言うか。楽観的過ぎるかも知れないけれど。

さて、印象派画家たちに癒され、次の展示室に足を運ぶや否や僕は息を呑む。アルバート・ビアスタットという画家の「ロッキー山脈、地上の頂 (The Rocky Mountains, Lander’s Peak)」という大作が眼前に現れたからだ。絵だけを観るとちょっと絵葉書的というか過度に演出的なタッチを感じなくもない。けれど、僕の知る限りアメリカの大自然というのは確かに居ながらにして大袈裟に劇的なところがあるので、心して素直に観る。猛々しい稜線と先住民の営みとの対比と、そしてそれらの不思議な均衡に、常に人々への挑戦を孕んだアメリカの原風景を思う。この国の若さの源泉は、挑戦を課すこの風土にあるのではないだろうか。

54丁目のホテルに向かうまで、何十台かのタクシーはブレーキを踏んでもくれず、走って追いつたバスの運転手は首を横に振ってアクセルを踏み、おまけに僕は水溜りをくるぶしまで踏みつける。結局また全身ずぶ濡れで地下鉄に乗って僕は空腹のままバスに乗る。過酷だぜ、アメリカ。そして朝方同級生と言い合った冗談を思い出しながら、よし、ビジネスがうまく行ったら美術館に一室寄付してやろう、なんて復讐劇の白昼夢を見たあとで泥のように寝る。

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