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仕事なんてクソかも知れないからこそ

僕の好きなブログに「ニートの海外就職日記」というのがあって、日本の「奴隷」的な「クソ労働環境」への痛烈で、それでいて健全な批判がされている。一般論としては僕も同感する一方、仕事なんてクソかも知れないからこそ、いわばスカトロジー(笑)としてのリーダーシップもまた必要だと思わされる経験をする。そこで、授業の合間にちょっと書いてみる。昨晩、つまり日曜の夕方、チームメイトRが「頑張ったけどレポートの分担部分、月曜までに書けないから水曜まで待って」とメールしてきた。彼に悪感情は何も起こらなかったけれど、こういう時は自分の理想のチーム像を考えずにはおれない。

Rのそのメールを受け取った午後7時、僕はある企業のイヴェントに参加した後で中華街でひとり夕食を食べていて、僕自身のレポートには手をつけてすらいなかった。僕の計算では最大でも6時間あれば書き終えるだろうから、睡眠時間を削れば絶対に明朝までになんとかなると思っていた。だから、このタイミングでの白旗はカルチャー・ショックだった。さらに、期限の延長が1日ではなくて2日なのも意外だった。

そう思ったのは僕だけではないようで、元コンサルタントのAが早速Rに「じゃあ出来るだけのことを今晩やって、その部分だけでも明朝持ってきて」とメールしていた。ちょうど友人がツイッターで投資銀行時代を振り返って「デスク、トイレ、医務室で30分仮眠ライフ。脳みそより体力勝負。」という、「クソ労働環境」を話していた。仕事量の源泉は目標自体のチャレンジかも知れないし組織の非効率かも知れないので、長時間働けば即ち善、とは言わない。同じアウトプットを出すには短い時間の方が断トツに好ましい。

けれど、ある水準の成果を出すにはどうしても長時間の作業が必要になることもある。確かに仕事なんてクソかも知れないけれど、ある定量的あるいは定性的な成果のためなら徹夜をしてもやり遂げる、というリーダーシップあるいはスカトロジー(笑)に対してはやっぱりそれなりの役割があるよなぁ、と思った。言わずもがなかも知れないけれど、議論のカウンターバランスとして。日本の大企業の問題点はまさに、良くも悪くもその高い期待値が多くの場合悪平等にも全員に等しく降りかかっていることなんじゃないかなぁ。

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