- 2009-12-10 (木) 2:40
- MBA留学記


ミクロ経済学の試験前夜、近所のコンビニでレッド・ブルを1ダース買う。レジの前で、外の寒さを逃れてきたらしいホームレス風のお婆さんがその箱を見て、「エネルギーが要るのねぇ」とつぶやく。「試験があるんです」と僕。この風景、見たことあるぞ。2ヶ月前、やはり深夜のコンビニでレッド・ブルを買ったら、居合わせた酔っ払いの男に「何をやっているのか?」と訊かれた。そこで「宿題」と答えたら、「お前めちゃくちゃだな!(You are a mess!)」と言われた。店内を千鳥足で歩いてる男に言われたくない!とその時は思ったけれど、2ヶ月経って気づいたのは、もしかしたら彼の方がマトモかも知れないということだ。
きのう学校の近くにあるオウ・ボン・パン(Au Bon Pain)というカフェにコーヒーを注ぎ足しに行ったら、たまたま店頭にはカフェイン抜きのフレンチ・ローストしかなかった。そこで厨房の人に「他の種類のコーヒーはありませんか?」と訊いたら、「何がお好みですか?」と訊き返される。モーニング・ブレンドとフレンチ・ロースト、そしてヘーゼルナッツがこの店の品揃えだ。僕は反射的に「カフェインが入っていれば何でも」と答えて、ハッとした。そのセリフはちょっと病的だぞ。
にも関わらずきょうは、図書館を出てオウ・ボン・パンでコーヒーを注ぎ足すついでに、生協まで足を伸ばしてレッド・ブルの缶を買ってその場で飲んだ。その時点で図書館にはかれこれ5時間近くいて、僕はジーンズをスウェット・パンツに履き替え(クラスで注文したのがちょうど届いた)、自習室のデスクの上にはクッキーやバナナが並んで既に生活感すら漂う。そこで黙々とゲーム理論の問題なんかを解いていると、ナッシュ博士の映画「ビューティフル・マインド」なんかが浮かんできて、なんだかこれは正気の沙汰じゃないような気もしてくる。
例えば以前、ある会社の偉い方がヴァイアグラの素晴らしさを嬉々として話していたのを聞いて、僕自身も充分煩悩だらけのくせに、それでも人間の欲深さを達観じみて感じてしまう。けれども一方で、ヴァイアグラを飲んで女の子と楽しいひと時を過ごそう!という動機のほうが、レッド・ブルとコーヒーでカフェインを摂ってナッシュ均衡を解こう!という動機よりも圧倒的に素直だし共感できる。僕にはどうしても、前者よりも後者のほうが「高尚」だ、なんて風には思えない。フェアに言って、どっちもイカれてるとは思うけれど。
マズローの欲求段階説は僕たちの欲望にある種のヒエラルキーを与えるように見えるものの、あらゆる欲求はかなりランダムに僕らを襲ってくるし、僕らが「何を欲するか」なんてのは段階というよりも個人の趣味嗜好なんじゃないかという気もしてくる。海原雄山だって、旨いものを食いたいだけ、と言えば全くそれだけの話だ。和服着たりネクタイ締めたり、あるいは数式を解いたりしていると、「自己実現」狙いっぽく見えるけれど、それは「ぱっと見あんまり気持ちよさそうじゃないから『他の何か』に違いない」くらいの消去法なんじゃないだろうか。
もしも心優しい誰かが、僕のことを夜中まで勉強して偉いですね!なんて思ってくれたとしても、それは単に、ちょっと遠くの大き目の(と勝手に思っている)ニンジンに向かって走っているだけなんですよ。もしかしたらそのニンジンも、カフェインに浸って理解不能な本を読みすぎたせいで見えている幻覚かも知れないし。ビジネス・スクールで授業を受けてるとたまに万能感に満ちてくる瞬間もあったりするので(これまた麻薬的)、こんな風に突き放してバランスを取ったりしてみる。
ともあれ、近くでも遠くでも小さくても大きくても、ともあれニンジンにありつくためなら、人間はレッド・ブルでもコーヒーでも――翼を授けてくれそうなモノは何でも――使う貪欲な生き物だなぁ、と。冒頭に書いたコンビニの酔っ払いはお酒を飲んで上機嫌だったので、直近で確実な効用を実現した彼の方が、遠くの不確実を追う僕よりも経済学上は上手かも知れない。
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