- 2009-12-16 (水) 1:37
- MBA留学記


期末試験中だというのに、同級生が、完成したばかりのMITメディア・ラボ新研究棟のなかの写真を送ってきた。この新研究棟、槇文彦氏という日本人建築家の設計らしい。この建物にメディア・ラボのほか、僕が絵を借りたリスト・ヴィジュアル・アート・センターや比較メディア研究プログラムなどが入るらしい。さらに、「未来の子どものためのオオカワ・センター」というのができるらしく、これはCSKの故・大川功氏の寄付(27百万ドル)によるものらしい。内部の写真もさることながら、日本人の活躍が嬉しい。
僕は建築などよく分からないのだけれど、フリッカーで下の写真をみて、表参道のスパイラル・ビルにそっくりだと思った。スパイラルの中二階でも、青山通りのケンタッキー・フライド・チキンを見下ろす格好で、こんな風に椅子が並べられていた。気になって槇総合計画事務所のウェブサイトを見たら、ビンゴ! スパイラルを手がけたのは同氏でした。というか、マンハッタンの新しいワールド・トレード・センターとか、六本木のテレ朝とか、千駄ヶ谷の東京体育館とか、有名どころがずらり。東大のロー・スクール棟なんてのもある。

「日本人の活躍が嬉しい」というか、建築会ではとっくに有名な方という様子。失礼しました。さらに同事務所の作品リストには母校の図書館もあったりして、いかに僕が建築について無自覚なまま過ごしてきたかを感じた。ドアを開けたら、そこは作品の中だったのだ。一方で、これほど巨大な構造物でありながら、違和感を感じぬまま中で人間が過ごせるというのもすごいことだ。MITの建築ではフランク・ゲイリーのスタータ・センターが有名だ。こちらは中に入ると――外見から想像するほどではないにせよ――、やっぱり、人が壁をよけて歩くような箇所もある。彼のLAのコンサート・ホールではそうでもなかった気がするけれど。それぞれに良さがある。

そんな風に思うと、実用性と新規性と、そしてビジネス、という点では建築はメディアにいい示唆を与えてくれそうだ。いずれも僕たちの生活に欠かせないものだけれど、その分、自覚的な設計を経ぬまま提供されてしまうかも知れない。一方で、あまりにデザインがブッ飛んでると今度は誰も使えない。そして何より、人間の活動に応じて建て替えるという市場がある。触れるもの建築と触れないメディア(ちなみにメディア・ラボの石井教授は「触れるメディア」を研究中)の差はあれ、共通点にも着目したい。
メディアとしての建築、という発想をくれたのは慶大メディア・コミュニケーション研究所の小川 葉子先生だった。メディア産業論の研究会にいた僕にとって、ル・コルビュジェ作品の写真を前に議論をする先生の研究会は新鮮だった。僕らが「携帯電話の未来」みたいなテーマで共同研究を発表した学園祭の横で、「部屋」を展示していたからなぁ。ちょっと薄まりかけていた記憶が、ふとした拍子に蘇る。統計学の試験まであと7時間というのにブログを書いていたら、こんどは統計学の記憶が薄まってきたぞ!
(c) Maki and Associates, Fungible Convictions, jonas_k
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