The SYNTAX ERROR Blog » 食べる http://www.thesyntaxerror.net MIT Sloan / London Business School MBA留学記 Mon, 22 Nov 2010 02:24:03 +0000 http://wordpress.org/?v=2.8.6 ja hourly 1 ワイニング http://www.thesyntaxerror.net/2009/07/22/174054 http://www.thesyntaxerror.net/2009/07/22/174054#comments Wed, 22 Jul 2009 08:40:54 +0000 Syntax http://www.thesyntaxerror.net/?p=983

キャニオニングの翌日は、自宅で友達を招いて夕食。キャニオニングの言いだしっぺのYちゃんは二日連続の参加。先月ブラインド・ティスティングのワインを持ってきてくれたソムリエ修行中のRちゃんもクアラルンプールから駆けつけてくれる。渋谷駅で仲間を拾って、そのまま信濃屋ワイン館でワインを吟味。サラダとスープだけ家で作って、ピザは宅配で済ませる。ホストもゲストも気楽にやるのが楽しいホーム・パーティのコツなんじゃないかと、あらためて思う。

買ったワインは、スプマンテ1本と赤2本、白1本。スプマンテはサンテロ(Santero)のピノ・ロゼ(Pinot Rose)。信濃屋では「アラサーガールズにおすすめ」みたいな文句で売られており、アラサーボーイズ&ガールズとして押さえておくことに。サンテロはピノ/シャルドネのスプマンテも安くて旨かったので、安心して試す。ロゼといっても白に近い飲み口で、以前Hくんが持ってきてくれた赤いスパークリング・ワインほどのコクはなく、キリっとした後味。一方で、ベリー系の香りがあって華やかな印象。シャンパンがイヴニング・ドレスだとしたら、このロゼはワンピースみたいな感じだ。まだ明るいうちから友達同士で飲むには、このスプマンテの色自体もまた楽しい話題になるし、ちょうどよかったかも。しかもコルクにはスマイリー・マークなんかが描かれていて、カジュアルな遊び心が憎い。

次はドメーヌ・バロン・ド・ロートシルト(Domaines Barons de Rothchild)がラングドックに持つワイナリーということで、全員一致で安直にブランド買いした白のAussieres Blancの2007年物と、赤のBlason ussieresの2005年物。白は全量シャルドネ。飲み口の柔らかいフルーティさを持ちつつ酸味もあって、こういう白ワインを出せばホストとしては安心だなぁと思った。このシャルドネは白ワインに求める幾つかの要素がバランスよく備わっている感じで、好みの違う全員から100点はもらえなくても全員から合格点はもらえるのではないかと。

赤はシラー、グルナッシュ、ムールヴェードル、カリニャンから出来ていて、南仏の馴染みやすいワインという典型的な印象。赤の1本はボルドーと決まってから、それゆえに選んだのだけれど、結果として正解。前座といっては失礼だけれど、ボルドーの前にこんな赤が1本あると、会の進行としては具合がいいような気がする。南仏のワインには所の女の子の健康的な色気があって、インテリ肌のブルゴーニュや官能的なボルドーとお付き合いする前に過ごすべき、青春を感じるんだよね。いや、さすがにこれは書いてて恥ずかしいな。ともかく。石田三成の三献茶とは言わないけれど、ある程度の人数がいて何本かのボトルを開けるのならば、亭主の勝手でこんなストーリーに仕立ててもいいじゃないか。

最後は官能のボルドー。Rちゃんの同僚のお勧めということで、オー・メドックのル・オー・メドック・ド・ジスクール(Le Haut-Medoc de Giscours)2005年。しっかりとしたタンニンを感じつつ、メルローのためか、まだ若いこのワインはそれでいて刺々しさがなく丸い印象。カナダ育ちが2人という会だったのでボトルの背後に書かれたフランス語の説明をMちゃんに読んで訳してもらったのだけれど、酔いが回ったところにフランス語の心地よいリズムと鼻濁音(?)に心を奪われて、説明の内容をすっかり聞き逃してしまった。味の印象も前述の通り、正直テキトー。その瞬間瞬間に過ぎ去ってしまう耳鼻咽喉の美、野暮なブログに書く頃には、僕は女神の後ろ髪をすっかり掴み逃してしまっている。

けれど、集まった仲間は渡米する僕のために寿司職人の装束(?)を専門店で買って寄せ書きを書いてくれた。右腕には日章旗、左腕にはカナダの国旗が描かれている。オーケー、これを着てボストンで寿司を握ってくるぜ! お前なんか握ってやる!

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タンティ・アウグーリ http://www.thesyntaxerror.net/2009/07/16/163328 http://www.thesyntaxerror.net/2009/07/16/163328#comments Thu, 16 Jul 2009 07:33:28 +0000 Syntax http://www.thesyntaxerror.net/?p=973

妻の誕生日ということで、僕の素人イタリア料理でお祝い。料理の出来不出来はともかくとして、スーパーをはしごして食材から選ぶのは楽しい。一品目はイカとスモーク・サーモンのカルパッチョ。サクで買った切り身を薄く切って、ルッコラの上にならべ、ニンニクの効いたソースをかける。ローズマリーの入ったグリッシーニ、サーモンを巻くと案の定旨かったのだけれど、とろりとしたイカとサクサクのグリッシーニもまた意外な好相性。乾杯はヴァンジーニ(Vanzini)のピノ・ネロ辛口スプマンテ。


二品目はトマトとベビー・リーフのサラダにこないだつくったガーリック・オイルを使ったドレッシングをかけ、プロシュートを散らして完成。


三品目は黒毛和牛のフィレ肉を、黒コショウとバジル・ソルトだけで味を調え、こんどは濃い方のガーリック・オイルで焼く。焼くといっても、柔らかそうな肉だったので、表面を高温で焼き締める程度にしてレアで食べてもらうことに。あとはクレソンを添えるだけで、瞬発力の男の料理。

ワインはカブット(Cabutto)のバローロ ヴィーニャ・ラ・ヴォルタ(Barolo Vigna La Volta)1997年。食事を始める前に抜栓しておいたのだけれど、その瞬間から部屋には甘辛い香りが漂っていた。グラスに注ぐと熟成を感じさせる茶褐色の輪郭が現れる。飲むとバルサミコを連想させる熟れた果実の味があって、それでいて肉に負けないボディの強さで飲みごたえがあった。

四品目に作ったポルチーニ茸のリゾットが一番手間がかかったのだけれど、その甲斐あって好評だった。米と乾燥したポルチーニとバジルとをフライパンで炒め、熱湯を加えては混ぜ、水気が飛んだら熱湯を加え、の繰り返し。最後にパルミジャーノ・レッジアーノをおろし金で振りかけて食べる。ポルチーニ独特の香味がチーズの甘い風味と相俟って我慢できず、写真を撮るのも忘れて食べてしまう。

お腹に余裕があればリガーテを茹でてチーズのソースで出そう、というンコール用意していたのだけれど、二人とも満腹なのでこちらは人知れず見送り。最後に近所のラ・テールで買ってきた北海道産マスカルポーネのケーキにロウソクを立てて、付け焼き刃で覚えたイタリア語版「ハッピー・バースデー」こと「タンティ・アウグーリ」を歌ってフィナーレ。

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http://www.thesyntaxerror.net/2009/07/16/163328/feed 0
ガーリック・オイルづくり http://www.thesyntaxerror.net/2009/07/13/123727 http://www.thesyntaxerror.net/2009/07/13/123727#comments Mon, 13 Jul 2009 03:37:27 +0000 Syntax http://www.thesyntaxerror.net/?p=968


どうやら人間には「使い切りたい」という一種のタナトスが備わっているようで、戸棚にある乾燥薄切りニンニクを見たときに僕のそれは爆発した。中身を使い切って袋を捨てたい。ポテト・チップスを揚げた直後だったから、僕のフライ熱も冷めやらず、まだ余熱の残る鍋にオリーヴ・オイルを注いでニンニクを揚げる。この自家製ガーリック・オイルは肉をソテーするにもサラダのドレッシングにするにも香味が効いて重宝する。リモンチェッロの空き瓶が捨てるに惜しい愛嬌だったので、これを再利用する。


ニンニクをキツネ色になるまで揚げ、粗熱を取ってから漏斗をつかってオイルを瓶に流し込む。リモンチェッロその瓶にはナポリ近郊の地図が描かれていて、アーリオ・オーリオな気分が否応にも盛り上がる。わりと量があったので、もともとガーリック・オイルを入れていた瓶にも注ぎ足し、さらにこちらには揚げたニンニクを砕いて漬け込む。そうすることでより濃厚なものになればと期待。

2日経っていま味を比べてみたら、揚げニンニクを入れた方が確かに味が濃かったけれど、同時に、焦げた匂いも多少ついてしまったかも。肉のソテーだとか、しっかりとニンイクの風味をつけつつ、さらに別のスパイスを効かせるような時にはこちらを使おう。ペペロンチーノのようにミニマルな洗練が求められる時はナポリ君が無難だろう。戸棚のニンニク・チップスはいわば不稼働資産だったけれど、オリーヴ・オイルとの相乗効果で資産価値が上がったなぁ。活躍に期待。

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ジャガイモを食べる人々 その2 http://www.thesyntaxerror.net/2009/07/11/135722 http://www.thesyntaxerror.net/2009/07/11/135722#comments Sat, 11 Jul 2009 04:57:22 +0000 Syntax http://www.thesyntaxerror.net/?p=963

ジャガイモのガレットにつづき、ジャガイモ消費作戦その2。土曜日の朝、思い立ってポテト・チップスを作る。簡単で旨いけど、袋詰めで売っているやつのようには、なかなかカラっと揚がらないなぁ。それでも、普段はコンビニで買うポテト・チップスを自家製で食べる、ってだけで楽しい。

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ジャガイモを食べる人々 http://www.thesyntaxerror.net/2009/07/10/112126 http://www.thesyntaxerror.net/2009/07/10/112126#comments Fri, 10 Jul 2009 02:21:26 +0000 Syntax http://www.thesyntaxerror.net/?p=948

6月末、茨城のアトリエに行ったら近所のKさんが、穫りたてのジャガイモを段ボールいっぱいくれた。その前にもらったソラマメとニンニクのお礼に行ったのだけれど、また作物をもらって帰ってくることに。そこで僕は、このジャガイモを使って料理をしてみることに。Googleで「ジャガイモ レシピ」なんて打ち込めばすぐに料理の候補が挙がってくるし、180度の油がよく分からなければそう検索すると見分け方が出てくる。いまさらながら、インターネットは生活を変えたなぁ。


Cookpadを見ながらジャガイモでつくったのは、じゃがいものガレット。ガレットってソバ粉のクレープだと思っていたけれど、このハッシュブラウン状のものもガレットと呼ぶのか。ともかく、これを作る。
実はジャガイモのガレット、焼いている途中で断念しかけた。ひっくり返すのが難しそうで、裏返す時に崩れるだろうな、と思ったのだ。オムレツを作るつもりが上手に寄せられず、根負けしてスクランブルド・エッグにしてしまう、あのイヤな感じだ。ところが片栗粉が意外に効いていて簡単には崩れず、さらに頼もしいことに、ツイングリラーが底力を発揮してくれた。
はじめはツイングリラーの深鍋で焼いていたのだけれど、浅鍋をかぶせて鍋ごと裏返せば、崩れたりこぼれたりするリスクを冒さずに反対側を焼けた。これにはオマケがあって、浅鍋についた畝が余分な油を落して、さらに、網目の焼き色をつけてくれる。鍋ごと裏返す大技だと当然一方の面しか浅鍋で焼けないのだけれど、このガレット、ある程度焼けてきたら、鍋を並べて水平方向に滑らせられるくらいには丈夫になる。
何をかけて食べようかと思ったけれど、黒コショウとナツメグが十分効いていたので、そのままでOKでした。

Cpicon 失敗なし!じゃがいもガレット by Piano_eds

勢いあまって、冷凍庫で眠っていた豚のフィレ肉を解凍してトンカツも作ることに。時間もなかったのでレシピ通りに冷蔵庫で寝かさなかったからなのか、2分も揚げたら衣が黒くなってしまった。1分で十分キツネ色になって中までよく火も通っていた。こちらも塩コショウを揉み込んだのが奏功して、ソースなしに衣の香味と豚肉の旨味を味わえたと思う。料理酒に肉を漬けておいたのもよかったのかも知れないけれど、比較対象がないのでこれは信仰に近い。180度の油というのがどういうものか分からなかったのだけれど、このサイトでそれを知る。

Cpicon *うちのとんかつ* by あーべっち

あとは勢いで、茨城の八郷で買ってきた地元のタマネギを薄切りにしてサラダにする。ポン酢で食べようかと思ったけれど、ふと思いついた悪戯心でバルサミコ酢をかけてみる。ちょっと風変わりだけど、バルサミコとタマネギそれぞれの甘味と酸味が織り交ざって、トンカツと一緒に食べるのにはちょうどいい清涼剤という塩梅になった。

仕事帰りの妻にローヌの赤ワインを買ってきてもらうように頼むと、ジャン・ルイ・シャーブ・セレクシオン(Jean Louis Chave Selection)のコート・ドゥ・ローヌ モン・クール(Cotes-du-Rhone Mon Couer) 2007年がやってきた。料理も出来たことだし、我慢できずにデキャンタージュしてすぐに飲んでみると、しばらくはスパイシーさが悪目立ちしていた。けれど、その酸味と余韻が徐々に馴染んできて30分もすると期待していた味になった。ところで、いま知ったのだけれど「モン・クール」って「私のハート」って意味らしい。待てば海路の日和あり、ってこと?(笑)

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http://www.thesyntaxerror.net/2009/07/10/112126/feed 2
つもりちがい十ヶ条 http://www.thesyntaxerror.net/2009/07/10/103302 http://www.thesyntaxerror.net/2009/07/10/103302#comments Fri, 10 Jul 2009 01:33:02 +0000 Syntax http://www.thesyntaxerror.net/?p=945


神楽坂で遊んだ夜の帰り、僕はKちゃんの定期入れに詩を印刷したような紙が入っていたのを駅で目敏く見つけ、よく見せてもらう。それは「つもりちがい十ヶ条」といって、Kちゃんの家のお墓のあるお寺の、トイレに貼ってあったものを住職に頼んでもらってきたのだという。年下の女の子がこんなのを――しかも住職にもらってまで――毎日持ち歩いてるなんて、知っているつもりで知らないのが世情?

つもりちがい十ヶ条
高いつもりで 低いのが 教養
低いつもりで 高いのが 気位
深いつもりで 浅いのが 知識
浅いつもりで 深いのが 欲望
厚いつもりで 薄いのが 人情
薄いつもりで 厚いのが 面皮
強いつもりで 弱いのが 根性
弱いつもりで 強いのが 自我
多いつもりで 少いのが 分別
少いつもりで 多いのが 無駄
そのつもりでがんばりましょう

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神楽坂ナイト http://www.thesyntaxerror.net/2009/07/07/035413 http://www.thesyntaxerror.net/2009/07/07/035413#comments Mon, 06 Jul 2009 18:54:13 +0000 Syntax http://www.thesyntaxerror.net/?p=937

妻の友達が僕の合格祝いというか壮行会というかを開いてくれる、ということで会場のある神楽坂へ。緑道沿いに下北沢へ歩いていき、小田急線で新宿へ。新宿では父がくれたモンブランのペンの名入れができたというのでこれを受け取って、さらに飯田橋へ。神楽坂は仕事の会食でかみくらに来た以来久しぶりだけれど、今回歩いてみて、かみくら的な洒落た民家風の造りの店が存外多いことに気づく。とはいえ花より団子ということで焼肉を堪能して、そして2次会ではダーツとカラオケとを時にる。


ちょっと迷った末に路地を抜けて、Kちゃんが予約してくれた焼肉店・翔山亭のビルを発見。ビル全体が飲食店で、焼肉からイタリアンまで、雰囲気のよさそうな店が揃っているという印象。その印象に違わず翔山亭は旅館テイストの漂う上品な設えで、カウンターも広々としていた。個室に通されると、本当に箱根かどこかにみんなで旅行に来ているような雰囲気だ。ちなみに僕らは終盤近く、その雰囲気に便乗して(?)、Sちゃんが持参したウノをひと勝負やる。

ユッケもサラダもそこそこに、牛肉の炙り握りで勢いをつける。炙って歯応えの出た肉と、溶けるようなサシのバランスがいい。これなら10貫食べられる、というSちゃんの言にも同感。ただ、寿司で満腹になってはもったいない。主役は和牛一頭5種盛り。三角バラ、サーロイン、ウチモモ、ランプ、ええと、あとは何だったかなぁ。ともかくこれらは自分の好きな赤身とサシとの塩梅を試す絶好のサンプルで、霜降り三角バラの濃密さも嫌いではないけれど、僕はやっぱりウチモモやランプのような肉々しい部位が好きだ。

広尾の牛の蔵、白金のジャンボ、中目黒の鐡玄――どこでも霜降りの肉が出される素直に視覚的に盛り上がるし、普段の食事に出てこないサシの旨味や食感それ自体も楽しい。けれど、物珍しさの向こう側で結局好きなのは、軽く焼いた赤身の滋味と香味だ。それらの違いをフリルのついたドレスとスポーティなタンクトップとしか形容できない、僕の短絡な爬虫類脳をどうか許してほしい。

霜降肉ならでは、と感じるのはすき焼きだなぁ。九段下の大周楼はもう閉店してしまったらしいけれど、甘い割り下に溶け込んだ良質の牛脂って、なんだか提灯に照らされる夜桜のような豪華さがある。逆に、霜降肉をそのまま焼くと僕の胃にはちょっと派手すぎるというか。うーん、陰翳礼讃を気取ってはみたものの、単に胃が弱くなって趣味が枯れてきたのかも知れないけれど。

このお店で初めて飲んだ黒豆マッコルリ、小豆のような甘味があって、今回は僕以外の5人はみんな女性だったこともあって人気を博していた。左党の男子としては食中酒にはちょっと甘すぎて、マッコルリ「虎」くらいのきりっとした辛口の方がいいかなぁ。まぁ、そんな風に硬派を気取りながらもデザートのプリンに輝く目は隠せないのだけれど。

合格祝いにデジタル・フォトフレームをもらう。これについてはまた今度。焼肉のあとは飯田橋駅近くのダーツのお店で個室を借りて、カラオケを歌いながらダーツをする、という人生初の試みで盛り上がる。僕が歌うとみんなが揃って的を外す様子って、「ドラえもん」のジャイアン・リサイタルさながらだ。心を鬼にして、歌う。

翔山亭 神楽坂本館 (焼肉 / 飯田橋、牛込神楽坂、神楽坂)
★★★★ 4.0

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リストランテ・カノヴィアーノ http://www.thesyntaxerror.net/2009/06/21/143420 http://www.thesyntaxerror.net/2009/06/21/143420#comments Sun, 21 Jun 2009 05:34:20 +0000 Syntax http://www.thesyntaxerror.net/?p=883

6月20日、入籍1年目を記念して妻と代官山のリストランテ・カノヴィアーノでランチ。自宅から代官山なら車で行った方が便利なのだけれど、昼間っから飲むつもり満々でバスと電車でいく。計画通りワインを堪能して、初夏の太陽が照り付ける代官山をほろ酔いで歩く。昼間っから酒を飲むなんてダメ人間だと思うけれど、ダメでも幸せならいいじゃないか。ただ、ワインのせいで、料理を思い出すのにちょっと苦労する。

シェフのおまかせコースは次の7品だった。

  1. トウモロコシのブラン・マンジェ
  2. シマエビのカッペリーニ
  3. ヒラメのカルパッチョ
  4. ジンドウイカのソテー
  5. ウサギとユリの芽のフェットチーネ
  6. タチウオのポワレ
  7. カモのグリル
  8. ジェラートのベリー・ソース / 冷たいマスカルポーネ

ブラン・マンジェは、振りかけられたイギリス産の岩塩によってトウモロコシの甘さが際立っていた。それは小学生の頃に高知の祖父母の家で食べた穫りたてのトウモロコシの滋味を思い出させた。

冷製のカッペリーニのソースはフルーツ・トマトで、外の暑さを忘れさせる爽快な甘味があった。これにはシマエビのほかにカラスミも添えられていて、シマエビのジューシーさとカラスミのコクが対照的でそれぞれに楽しかった。このあたりから、僕はグラスでソアヴェ・クラシコを始める。半地下の店内から眩しい通りを眺めながら冷たい白ワインを飲むなんて、この季節この時刻だけに許された楽しみだ。それには多少辛口のこんなワインがいいなんじゃないかな、なんて思う。

カルパッチョに盛られたルッコラの原種という野菜は、ノコギリ状の細い葉をしていてルッコラ以上に苦味があって、ヒラメのとろりとした甘味をスパイシーに引き締めていた。ルッコラの他にはホオズキの果肉も添えられていて、僕はそれを初めて食べたのだけれど、熟したトマトのような食感にプラムのような酸味があって美味しかった。他にも青トマトが添えられていて、こちらは赤いトマトよりもシャキシャキとした歯応えがあり、一皿で野菜の幅広さを見せつけられることになった。

ジンドウイカのソテーは、僕がいままでに食べた焼きイカのなかで一番美味しいと思った。イカは大抵焼くことによって固くなると思っていたけれど、このジンドウイカは火が通ることによって生よりもなおみずみずしく柔らかくなっているようだった。そういう火加減というものがあるのだろう。この小ぶりなイカは軽い焼き色をまといながらも海水を思わせる水気があって、こればかりは家では絶対にできないだろうな、と思った。

フェットチーネのウサギ肉は青森産だったか秋田産だったかとのことで、国産のジビエってなんだか旅情がある。ちょうど数日前に中華料理店でユリの芽の炒めものを食べたばかりだったので、この中華食材がフェットチーネに添えられていたのも新鮮だった。

ポワレされたタチウオは焼け目から香ばしい匂いがして、淡白で上品な味わいに野趣を加えていた。これに添えられた緑色のソースがなんとアスパラガスのものということで、あの繊維質な野菜が液状になっているのを見るのは不思議な感じだった。けれども味はまさにアスパラガスのもので、例えばエンドウマメのソースよりも舌触りがさっぱりしていてクドさがなく、タチウオの風味に合っている気がした。

カモはバルサミコのソースで、締めは王道という印象。これに合わせて赤ワインをお願いしたらヴィーニャ・クステラというシチリア産を勧めらられる。同地の地ブドウ、ネロ・ダーヴォラという品種でできているという。ボディはしっかりしているものの、スパイシーな香りがあって飲み口が重すぎることもなく、レアに焼かれたカモとよく合っていたカモ。なんて酔っているうちにデザートへ。

ウェイターが持ってきた2皿はジェラートのベリー・ソースと冷たいマスカルポーネのクレープ巻きで、妻が前者を僕が後者をもらう。冷えたマスカルポーネはアイス・クリームのような舌触りののちに濃密な後味を残す。その周りにはエスプレッソ風な苦みの、しっとりとしたスポンジが巻かれていて、男子向きな味だった。ベリー・ソースのジェラートも好きだけれど、入籍記念日というTPOを考えたら男子は飽くまでも男子っぽくいくのが正解。こんど別の機会で来たら、思いっきり甘いドルチェにいってみよう、そうな気にもなるのかなんて考えたりもするけど。

カノビアーノ (イタリアン / 代官山、恵比寿、中目黒)
★★★★ 4.0

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ブラインド・テイスティング http://www.thesyntaxerror.net/2009/06/14/120935 http://www.thesyntaxerror.net/2009/06/14/120935#comments Sun, 14 Jun 2009 03:09:35 +0000 Syntax http://www.thesyntaxerror.net/2009/06/14/120935


 6月13日、大学時代の仲間を呼んで自宅で飲む。アカデミー・デュ・ヴァン(ADV)でソムリエを目指すRちゃんカップルからワインを習おう、ということでブラインド・テイスティングに挑戦。彼女は当日パリから戻ったばかりでチーズをたくさん持ってきてくれて、やはり当日バンコクから帰国したばかりのフィアンセのTくんはワインを4本持ってきてくれた。感謝! 5人で挑戦したフランスのワイン3種類のブラインド・テイスティング、Tくんと僕がそれぞれ1つだけ正解という残念な結果。でも、ゲームとしてはなかなか楽しいなぁ。またやろう。


 まずはロシア皇帝も愛したというシャンパン、ルイ・ロデレール ブリュット・プルミエ(Louis Roederer Brut Premier)で乾杯。辛口でいて果実味の豊かな香りは土曜の浅い午後にはぴったりに思えたし、しかも、「ロシア皇帝云々」というTくんの解説のおかげで雰囲気も泡立つ。
 さて、ブラインド・テイスティング。RちゃんとTくんはADVでフランス・ワインの部分を一通り習い終えたということで、フランス・ワイン3本。ふたりからシラー、グルナッシュ、ガメイの特徴について説明を聞いた後で試飲。シラーはE.ギガル(E. Guigal)のクローズ・エルミタージュ・ルージュ(Crozes-Hermitage Rouge) 2004年というコート・デュ・ローヌ産。グルナッシュはドメーヌ・ラ・ブイシエール(Domaine la Bouissiere)のジゴンダス(Gigondas) 2005年で、こちらもコート・デュ・ローヌ産。そしてシラーはドメーヌ・デ・ボワ・ルカ(Domaine des Bois Lucas)のクニコ(Kuniko) 2006年でこれはロワール産。
 グルナッシュは分かった――というより、たっただけれども、ガメイとシラーを間違える。シラーのアニスないしはシナモン香は分かると思ったのだけれど、なぜガメイと間違えるのだろう。予想中はシラーはともかく、ガメイとグルナッシュの違いが難ちしいかなぁと思っていたから、僕の知識も味覚も全然まだまだというだけでなく、全くアテにならないということを痛感。
 Mちゃんがモデルの誕生会という実に楽しそうな仕事で帰るのと入れ替わりに、サハリン勤務から東京に戻ったSくんが合流。JALの機内で買って取っておいた森伊蔵の4合瓶を勢いで2本も空にして、さらに鉄幹に流れ込むという怒涛の芋焼酎アワー。6時から始めた会も、お開きになったのは2時くらいかなぁ。しかし、飲んだ飲んだ。飲みすぎてワインの講義はすっかり忘れちゃったなぁ。
 そうそう、Mちゃんに最近話題の洋楽アーティスト、レディー・ガガ(Lady Gaga)について教わる。iPodをつなげてみんなで聴いてみると、エレクトロでいてポップで、いかにもパーティ・チューンという感じ。最近、懐メロ(という自覚はないんだけど、trfの「Boy Meets Girl」は立派な懐メロだろうなぁ)ばっかり聴いてるから、たまには巷の話題にも追い付かないとね。

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京橋ランチ難民 http://www.thesyntaxerror.net/2009/05/24/113048 http://www.thesyntaxerror.net/2009/05/24/113048#comments Sun, 24 May 2009 02:30:48 +0000 Syntax http://www.thesyntaxerror.net/2009/05/24/113048


 5月9日、ブリヂストン美術館で「マティスの時代」展を観る前に、京橋で腹ごしらえ…のつもりが土曜日の昼のオフィス街はガランとしていて目当ての店も休業ばかり。それでも日本橋・京橋・八重洲界隈の古いビルにはそれぞれに趣きがあって、歩いていて飽きない。結局、明治屋の裏にある寿司屋にありつく。



 「究極のアジフライ」が食べられるという松輪、残念ながらランチは休業。土曜日のオフィス街でランチを営業しない、というのは商売上は正しい選択だから文句は言うまい。だって、無理にランチを営業してそのために店の経営が立ち行かなくなってしまったら、結果的にそれは、アジフライや僕たちにとって良くないことなのだ。

 拓虎氏のブログで好評のため期待をかけた東京バルバリも、残念ながらランチはやっていない。どう考えても夜が楽しそうなお店なので、ここは別の機会にとっておくとしよう。

 その次に期待したダバ・インディアも休業中。オフィス街でランチにありつくのは、とかく難しい。平日であれば12時から13時の間に会社員が殺到するから、オフィスを出る時間や選ぶ店を間違えるとなかなか胃の腑を満たせない。そのため、空いている店を探してウロウロするのを僕らは「ランチ難民」なんて呼ぶのだけれど。
 けれど、空いているはずの休日にもまたランチ難民がこのように生じる。オフィス街における昼食者に対する有効求人倍率は、1週間を通じて依然として低い。

 それでも結局、明治屋の裏にある寿司屋 神楽が開いていたのでここに妻と二人で陣取る。ほどなく友人Tがやってきて、3人で握りをつまみながら昼間っから生ビールなんかを飲んでいると気分がもりがってくる。ボタンエビを追加で握ってもらうと、これがまた旨い。
 機会があったら、平日に京橋でランチを食べてみたいなぁ。特に松輪の究極のアジフライが気になる。究極、ってなんだ、究極って。

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ワイン・セラーなどなくても http://www.thesyntaxerror.net/2009/04/26/080532 http://www.thesyntaxerror.net/2009/04/26/080532#comments Sat, 25 Apr 2009 23:05:32 +0000 Syntax http://www.thesyntaxerror.net/2009/04/26/080532


 2005年の11月に半年間のプロジェクトを終えてロサンゼルスを離れるとき、ある人が餞別に2001年物のオーパス・ワン(Opus One)をくれた。カリフォルニアのロバート・モンダヴィとフランスのフィリップ・ド・ロスシルトの共作ということで、カリフォルニアでは特別なワイン、というのが僕の理解だ。困ったのは僕の貧乏性で、ありがたがっているうちに開けるタイミングを逸してしまい、ありがたがっているクセに劣悪な条件で保管していたから、ワインの劣化も気がかりだった。そこで、4月7日、30歳の誕生日とSloan合格を機にようやく抜栓する。


 このワインは、飲むタイミングを見計るという点では大事にされていたのだけれど、一方で、保存環境は劣悪だった。夏の昼には茹だるような暑さのなか、冬の夜には凍るような寒さのなか、もらった時に入れてもらったワイン・ケースの中に転がしていた。通気もよほど悪かったんじゃないかと思う。
 だから、この日の抜栓は当たるも八卦当たらぬも八卦という心境で、事前に妻とは「これが不味くてもオーパス・ワンの評価とするのはよそう」なんて話までしていた。抜栓してコルクを嗅いでみると異常はなさそうだし、しばらく待ってみよう。おそらくレオナール・フジタへの間接的なオマージュとして妻が選んだG. H. マム(Mumm)を開けてしまい、そろそろいい頃合いじゃないかということでオーパス・ワンを注ぐ。
 結果は劣化を心配したのが拍子抜けするほどしっかりした味わいだった。このことには却って、ワイン・セラーなどなくても大丈夫なんじゃないかと思わされてしまったし、一方で、セラーで丁寧に寝かせていたらさらに旨かったのだろうか?とも期待させられてしまう。僕は凝り性だから、セラーを買う前には同じヴィンテージの同じワインを2本、セラーで保管したものとそうでないものとで飲み比べてみたい。
 ともあれ、オーパス・ワン、重量感となめらかさ、そして、甘味と酸味バランスが絶妙だった。二人で酌み交わすにはワイン・ボトルは小さいんじゃないか、なんて思うくらいで、一口ごとの余韻の長さが却って、それを切らしたくないという禁断症状を誘発させた。2,3千円も出せば充分に旨いワインは買えると思うし、それは今でも変わらないけれど、分以上もまたそれだけの価値があるんだなぁとあらためて知らされる。
 食後に妻がピスタチオのケーキを切ってくれて、このナッツは我輩の大好物だから満腹の胃袋にもぺろりんこと超特急((c)小泉武夫)。充分以上の身に余る食卓に、僕は感謝をしないといけないなぁ。

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ほうとうの県外者 - 御食事処 歩成 http://www.thesyntaxerror.net/2009/03/29/145013 http://www.thesyntaxerror.net/2009/03/29/145013#comments Sun, 29 Mar 2009 05:50:13 +0000 Syntax http://www.thesyntaxerror.net/2009/03/29/145013


 ほったらかし温泉のあとは名物ほうとうを食べようということで、同僚のR君が勧めてくれた一味屋という店をカーナビで探していくのだけれど、「目的地周辺」でも見当たらず電話をかけても出ず。午後7時半には閉まってしまうのか? そこで、誰もいない葡萄工房ワイングラス館という施設の駐車場で携帯電話をひらいて食べログで山梨市のほうとう店を検索。けれど、検索の結果に関わらず歩成という店の店構えに吸い寄せられる。これは正解だったみたいで、新鮮な馬刺しと熱々のほうとうに舌鼓を打つ。




 山梨市駅まで戻って、一味屋のプランBとして探した のんきばーば に向かっていたのだけれど、直前に目にとまった歩成という店の店構えに惹かれる。路地裏の一軒家は寒空の下で温かに見えた。引き戸を開けると店内は賑わっていて、僕たちが入ってすぐに満席になる繁盛ぶりだった。豊富なメニューに目移りしたけれど、あくまでも目当てはほうとう。ほうとうを待つ間の前菜ということで名物らしい馬刺を頼む。
 
 この馬刺は格別で、500円は安すぎるんじゃないかという鮮度。臭みもなく柔らかで食べやすくて、それでいて、ひと噛みごとに馬肉の滋味が浸み出してくる。奥の小上がりが飲み会の若者で埋まって、はじめは僕らだけだったカウンターも地元のオジサンたちで賑わってくるころには、
このお店は当たりだ!という予感が確信に変わってくる。そこで2皿目は、メニューのお勧め2位の馬のレバ刺。馬刺が旨ければ、馬のレバ刺も旨いだろう。というか、馬のレバ刺なんて初体験だけれど。

 この馬レバ刺もプリプリとした歯応えがあって、運転のためにビールも日本酒も飲めないのを恨みながら、それでも嬉しく平らげてしまう。これで600円も破格の値段。これは胡麻油の香りではないと思うのだけれど、レバーからは栗の実のようなコクのある甘みがあって、これらの馬は一体どこで育てられたのかと思う。それが旅人の安直な連想を誘って、信玄の騎馬隊が馬の文化を甲州に育んだのだろうか、なんて。


 そうこうするうちに、「13分経ったら食べてください」と言いつけられた卓上のほうとうが完成。店にはただの「田舎ほうとう」と、「かぼちゃ田舎ほうとう」、「豚肉田舎ほうとう」、そして「きのこ田舎ほうとう」があったので、僕たちは豚肉ときのこを頼んで、それぞれの鍋と対峙してこの瞬間を待っていた。といっても、馬刺と馬のレバ刺でほとんど時を忘れていたけれど。
 味噌汁には何種類もの野菜の味が溶け込んでいて、ほうとうの麺はゴツゴツと無骨な形をしている。このゴツゴツの表面がよく汁と絡んでいて、麺もコシがやたらに強いというよりはむしろシナヤカで、シンプルな味付けなのに飽きずに食べられる。けれど、たぶん本来ならば2人で鍋1つというのが相場のようで、妻の鍋を手伝ったら完食したときには完全に満腹。ほうとうを食べるなら、一品料理を楽しんでから、最後にシメで鍋をシェアするくらいがちょうどいいのかも。
 店の手洗いで女の子と居合わせたので、「このお店は人気ですねぇ」と話したら、「そうなんですよ。あ、県外の方ですか?」と言われる。「東京から来たんです」と答えたら、「そうですかー。そういえば、カウンターのこっちで、ほうとう食べてましたよね!」と彼女。見られていた! というか見破られていた! 県外者のみなさん、イキナリほうとう食べると県外者だってバレますよ。地元の通は最後にほうとう、なんでしょうか?

歩成 (居酒屋 / )
★★★★ 3.5

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http://www.thesyntaxerror.net/2009/03/29/145013/feed 0
シャトー・ポワトヴァン 2005年 http://www.thesyntaxerror.net/2009/02/11/205240 http://www.thesyntaxerror.net/2009/02/11/205240#comments Wed, 11 Feb 2009 11:52:40 +0000 Syntax http://www.thesyntaxerror.net/2009/02/11/205240


 半年か1年ほど前に信濃屋で買いこんできたワインのうち、メドックのシャトー・ポワトヴァン(Château Poitevin)2005年産を開ける。ただただお店の陳列が勧めるままに買ったもので、3,000円前後だったかと思う。口当たりがとても滑らかで、それはちょっと物足りなさを予感させもしたけれど、それでいてタンニンのコクをしっかり感じさせるから満足感があった。さらに熟成する潜在性があるというサイトもあるけれど、熟成が進むとどうなるのだろう。セラーが欲しくなってきてしまう。


 シャトー・オンライン(Chateau Online)によれば、まずブドウの品種はメルローが55%、カベルネ・ソーヴィニオンが40%、プチ・ヴェルドーが5%という。平均樹齢は25年で、30%の新樽を含む樽で14ヶ月間熟成させられたらしい。2005年産というと比較的新しいという印象もあるけれど、一方で、四半世紀の年月を経たブドウの木から生まれたと思うと歴史を見逃してはいけない気がする。
 サイトはこのワインを次のように総括する。「このワインは、酸味、タンニン、果実味、バランス、そして強さという良いワインの要素を備えている。一方、このワインはもう少しの時間を要しており、ゆえに多少の辛抱が必要だ。このワインが複雑味を育むのを待つ価値があるだろう。美味ゆえに今楽しむこともできるけれど、数時間のアエラシオンが必要だ」。
 これを読むと、ワインと時間との関係が面白い。ブドウの木の生長を待ち、収穫の後に樽のなかでも熟成を待ち、さらに瓶のなかでの熟成を待ち、抜栓してもなお数時間空気に触れさせて、そしてようやく飲めるなんて気の長い話だ。現代は総じて短気だし、僕もまたその中でさらに短気のきらいがあるから、その点でワインは異質な飲み物だとも思う。けれど、だからこそ、ワインを前にして現代人が忍耐を醸成する価値もあんじゃないかとも思う。時の流れと環境の変化の中で熟成を重ねていくワインは、人間の成長に重なるものがあるようにも感じられる。

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http://www.thesyntaxerror.net/2009/02/11/205240/feed 0
サン・コム「レ・ドゥ・ザルビオン」2006年 http://www.thesyntaxerror.net/2009/02/11/185804 http://www.thesyntaxerror.net/2009/02/11/185804#comments Wed, 11 Feb 2009 09:58:04 +0000 Syntax http://www.thesyntaxerror.net/2009/02/11/185804

 マンガ「神の雫」が酒販業界に及ぼしている影響は大きいみたいで、信濃屋の「神の雫」コーナーは前より大きくなっていたような。僕も便乗して、同作で紹介されたコート・デュ・ローヌのサン・コム「レ・ドゥ・ザルビオン」(Saint CosmeLes Deux Albionを飲む。マンガでは2001年産だったけれど、信濃屋で売っていたのは2006年。香りの判断はまだまだ不慣れだけれど、ティスティング・シート自体には慣れてきたので、これを食卓の片隅に置いて簡単に記録する。こんな項目の揃った小さな手帳があれば欲しいのだけれど、なかなか見つからない。


サン・コム「レ・ドゥ・ザルビオン」2006年
外観:濁った、濃い、濃い赤、紫、やや熟成した、弱い粘性
香り:カシス、アニス、タバコ、鉄
味わい:ソフトな、ミディアム・ボディ、中程度の酸味、濃い果実味、中程度の豊かなタンニン、バランスの取れている、余韻のやや長い、コクのある印象

 あるサイトではこのヴィンテージの香りを「エキゾチックな花々とトロピカル・フルーツのヒントを伴ったコショウっぽいブラックベリーとカシス」と形容している。カシスは重なるけれど、タバコと鉄は言いすぎたか。アニスを思った甘い香りは確かに、花々やフルーツの方が近いのかも知れない。妻とふたりで「テイスティングのお手本があればいいのに」、と話しているのだけれど、これが難しい。飲む前に探すと先入観を持ってしまうし、飲んでいる最中にネットを探すのは無粋だし、飲み終わった後では確かめようもない。やっぱり途中がいいのかなぁ。
 このサイトはアッサンブラージュについても情報をくれた。このワインは50%がシラー(Syrah)、20%がグルナッシュ(Grenache)、残り20%がムールヴェドル(Mourvedre)とカリニャン(Carignan)。面白いのは最後の10%はクレレット(Clairette)と呼ばれる白ワイン用の品種が使われているとのことで、それが「ほとんどギガル・コート・ロティ ・ラ・ムーリーヌ(Guigal Cote Rotie La Mouline)のような花の複雑味を、黒い果実の特徴に加えている」とのこと。僕には「ギガル」って何?という感じだけど、白ワイン用の品種が赤ワインにも使われるというのは意外。
 別のサイトによると、ムールヴェドルやカリニャンはスペイン原産のブドウらしい。「多産で酸味や渋みが強いカリニャンから造られるワインの品質はあまり高くな」いために多くはブレンドされるものの、「畑を選び・古木から収量を抑えることによって素晴らしいワインを造っている生産者もいる」とのこと。それほどの分量は使われていないものの、サン・コムもまたそのような生産者のひとつなのだろうか。
 コード・デュ・ローヌという産地をまだあまり意識して飲んだことはないのだけれど、アメリカン航空の成田のラウンジで出されていたポール・ジャブレ・エネ「パラレル45」という赤ワインは同産地だった。こちらはラウンジの常として抜栓から長いこと放置されていたのではないかと思うけれど、それでも、バランスのとれた軽い口当たりと爽快な後味は印象的だった。仮にパラレル45と比較するならこのレ・ドゥ・ザルビオンはもっとコクがあって重厚だった。同じ産地でもこのような違いが生まれるなんて、あらためてワインって面白い。客の好みが分からないときはレ・ドゥ・ザルビオンよりもパラレル45のようなワインが適当だろう。そう思うと待合室のワインもそれなりに選ばれているのだなぁ。

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http://www.thesyntaxerror.net/2009/02/11/185804/feed 0
土産がすべてを名所にする http://www.thesyntaxerror.net/2009/02/11/181756 http://www.thesyntaxerror.net/2009/02/11/181756#comments Wed, 11 Feb 2009 09:17:56 +0000 Syntax http://www.thesyntaxerror.net/2009/02/11/181756

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 茗荷谷という駅にさしたる思い入れもなかったのだけれど、一軒のパティスリーがそれを変えた。僕は2年前に仕事ではじめてこの駅に降りて、約束の時間までコーヒーを飲むことにした。播磨坂にあるその小ぢんまりした店はパティスリー・マリアージュといった。店内にはこの店のフォンダン・ショコラが「チューボーですよ!」に出ました、なんて控え目な告知がある。それなら、ということで手土産にフォンダン・ショコラを買って帰るとこれが好評で、フォンダン・ショコラはいわば茗荷谷の名物になった。こうなると、次に茗荷谷を訪ねるのが少しばかり楽しみになる。名所で土産が売られるのではなくて、土産を買うところが名所になるのではないか、という説。

パティスリーマリアージュ (ケーキ / 茗荷谷)
★★★★ 3.5

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グラモンとミュネレ - ブルゴーニュ飲み比べ http://www.thesyntaxerror.net/2009/01/25/000520 http://www.thesyntaxerror.net/2009/01/25/000520#comments Sat, 24 Jan 2009 15:05:20 +0000 Syntax http://www.thesyntaxerror.net/2009/01/25/000520

From Blog 2009

 「耳鼻咽喉の美と言語」というテーマを思いついた僕は、それに土曜の夕方を捧げることにした。ドマーニでの会食も延期になり、妻も外出ということで、代沢の信濃屋へ。1時間弱の吟味の末に2本を選んで、ティスティング・シートを脇に置いてグラスと対峙。このテイスティング・シートなしに昨晩の濃密な体験はあり得なかったから。シートをアップロードして下さった、「極私的なワインテイスティングノート」さんにこの場を借りて感謝の気持ちをお伝えしたい。


 信濃屋のワイン館に小一時間も迷う。僕のような入門者は何と何とを比較すればいいのか。科学としては、他の要素が同一でひとつだけ要素が異なるという組み合わせがいい。現地に行ったことで多少親近感のあるブルゴーニュに絞ったものの、同ドメーヌ同ヴィンテージで村違いというワインも、同村同ヴィンテージでドメーヌ違いというワインも、見当たらなかった。そもそもこんな執的なみ方にあまり予算も割きたくない。散々迷った結果、結局は3,000円前後の次の2本に落ち着く。

ドメーヌ・マシャール・ド・グラモン(Domaine Machard de Gramont)
ブルゴーニュ 「ル・シャピトル」(BourgogneLe Chapitre
2006年

ドメーヌ・ジェラール・ミュヌレ(Domaine Gérard Mugneret)
ブルゴーニュ・ピノ・ノワール(Bourgogne Pinot Noir)
2006年

 同じ地域名ワインで同じヴィンテージでありながらドメーヌ違いという2本。これでドメーヌの特徴を多少なりともつかめるのではないかと期待したんだよね。けれど、結果的にこれらは厳密な意味で同じ地域名ワインではなかった。「日々のワインメモ」さんによると、前者のル・シャピトルは「基本的にマルサネと同じ斜面続きであるが、区画名表示のAC Bourgogne扱い」とのことで、ブルゴーニュ全域からさらに地理的に、畑の精度まで絞られている様子。
 信濃屋では他に長いバゲットとレバー・ペーストを買って、今夜はストイックにこれらだけを食べてワインの味に集中することに。料理が変わってマリアージュが変わったら、僕はワインの時間的変化を感知できないだろうから。ワインが6,000円で主食が600円だから、1:1という僕の目安からは程遠い10:1という世紀末的な比率に。普段の幕の内弁当的バランス感覚で抑圧されていた尖鋭的なオタク志向が炸裂。ネットで実に素晴らしいテイスティング・シートをダウンロードして数枚印刷し、ティスティング用の小ぶりなグラスに付箋を貼って、いざ抜栓。
 僕が感じたそれぞれの構成要素は次の通り。鼻と舌が鍛えられた方の評価と比べてみたいものだけれど、まずはコツコツと書きとめておこう。

ドメーヌ・マシャール・ド・グラモン ブルゴーニュ 「ル・シャピトル」 2006年

外観
ガーネット色、粘性あり、透明度は中程度

香り
イチゴ、カシス(抜栓1時間後から強まる)、ブラックチェリー、干しブドウ、ジャムのような濃縮感(抜栓1時間後から強まる)、カラメル、蜂蜜(抜栓30分後から強まる)

味わい
若々しさを感じるアタック、フレッシュな酸味、辛口の、荒いタンニン、余韻は6~8秒、ざらざらした渋み(抜栓1時間後から弱まる)、スパイシーな風味

ドメーヌ・ジェラール・ミュヌレ ブルゴーニュ・ピノ・ノワール 2006年

外観
ガーネット色、粘性あり、透明度は中程度

香り
ジャムのような濃縮感、木樽のニュアンス、アニス(抜栓1時間後から強まる)、蜂蜜、ヨード、黒コショウ(抜栓1時間後から弱まる)、燻香(抜栓1時間後から弱まる)

味わい
なめらかな口当たり、やわらかい酸味、適度なタンニン、濃縮感のある、余韻は6~8秒

 香りは圧倒的にグラモンの方が円熟した雰囲気で期待させるものがあったのだけれど、実際に飲んでみると味わいにはアンバランスさがあって酸味が気になった。香りからの想像を裏切る軽やかで高音域な味わいも、それはそれで悪くないのだけれど、ワインだけで味わうには酸味や苦みがキイキイとした雑音のようにも感じられた。けれど、例えばステーキやマグロのフリットのような料理に合わせたら、酸味が爽快感を生むんじゃないかな。さらに、帰宅した妻が参加して言うには、こちらは「まだまだ」と思わせるところがあるという。これを潜在性と呼びたいところだけれど、あと1年か2年したらどんな味なのかは想像がつかないので、よく分からない。
 一方で、ピリっとした香りを放つミュヌレの味わいは、こちらも意外なことに非常にまろやか。時間とともに強まる甘みの印象が特徴的で、このワインとパンだけでも楽しめるような完結性があった。僕は断トツでこちらの方が好きだ。けれど、潜在性という考え方をするならば、このワインは今がピークだろうということは僕にも直観的に感じられた。もちろんこれはいいニュースとして、だ。もし料理と合わせるならば、こちらはブフ・ブルギニオンのような煮込み料理がいいような気がする。ジャムを添えた鴨のローストがいいのではないかという妻の提案にも賛成で、グラモンにはその軽さに対して油脂の濃厚さを対照的に合わせたいという気分にさせられたけれど、ムニュレにはむしろ、ワインの甘みと沿うような甘みを重ねてみたいという誘惑を感じる。なぜだろう。
 ともかく、ボトルを並べて3時間の濃密な時間を過ごす。ワインが開くのを待つ間に、ダニエル・バレンボエムが弾き振りをするベートーヴェンのピアノ協奏曲を1番から3番まで通してDVDで観る。妻が帰ってからは鹿児島の山野井のシャーシューを切る。これらもそれぞれ素敵だったのだけれど、それはまたこんど。

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美にとって言語とは何か - 耳鼻咽喉の美と言語 http://www.thesyntaxerror.net/2009/01/21/212521 http://www.thesyntaxerror.net/2009/01/21/212521#comments Wed, 21 Jan 2009 12:25:21 +0000 Syntax http://www.thesyntaxerror.net/2009/01/21/212521

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 年末に仕入れた2本の残り1本、ムルソー(Meursault)を飲む。ネゴシアン、フランソワ・ダレン(François llaine)による2006年。一番搾りのテート・ド・キュヴェ(Tête de Cuvée)。旨い。琥珀色のこのワインには角のとれた果実味があって、口腔でしばらく転がしていたい気分になる。意外なのは飲み込んだあとの多少ザラつくような後味。これを何と呼ぶのか。いくつかのウェブサイトがムルソーのワインを「ミネラル」と形容していて、僕は膝を打つ。そして、NHKで観た吉本隆明の講演を思い出した。


 楽天のあるお店では「リアル・ワイン・ガイド」に載った2005年物へのコメントが引用されていた。いわく、「ムルソー的というよりも完全にダレン的。後半で少しバターが加わる。きれいでしみじみする香味。味がくっきりとして張りがある。旨味が多く、滑らか。バランスの良さは特筆だ。アフターの心地よい苦みとミネラル感がいい。」という。味覚と嗅覚を言語化することに僕は馴染みがなかったから、自分の舌と鼻が感じたことを表現できないもどかしさを強烈に意識させられる。吉本隆明のいう「自己表出」としての言語力がこの分野で僕に欠落している。
 
 そしてさらに、その欠落は単に、自分が経験したワインをブログでうまく「指示表出」できない、という以上の問題を孕んでいることを感じる。別のあるサイトは、2003年のヴィンテージを指してこう形容する。

香り  バジル。スイートバジル。オイル。カスタード。樽。
味  ミディアム。甘味有。アルコール辛さ。
味や香りの変化   アーモンド、ジンジャー、キウイの風味出る。

 僕はこのように香りを嗅ぎ分けたり味を見出したりすることができなかった。僕の語彙が足らないがゆえにこのように表現できなかっただけではなくて、僕の語彙が足らなかったがゆえにこのような経験を知覚することすら出来なかった、と思い知らされる。言語を超越して飛び込んでくる痛烈な美の経験ももちろんあるけれども、過去を振り返れば言語を足掛かりによじ登ってこそ見えた美の景色も多かった。美術館で絵画の前に初めて立ったときに前者が、その絵の解説を見聞きして反芻して、あるいはその絵を言語で咀嚼して、そして後者が訪れる。
 ヴィンテージは違うけれど、そこに言語があろうともなかろうとも、僕が飲んだムルソーにもアーモンドやジンジャーのニュアンスはあったのだろう。けれど、僕の経験の中にそれらはなかった。嗅覚も味覚も心もとないけれども、せめて言葉さえあれば、僕の五感が許す程度にはムルソーへの扉が開いて、僕は中を垣間見ることができたかも知れない。いわば僕が言語を持たなかったがために、ムルソーの少なくとも一部分は僕のなかで「起こらなかった」。真空の宇宙空間が、強烈な太陽光線の中でも暗く寒い漆黒を保つように、美を受け止める「何か」で満ちていなければ僕たちの世界に光はない。
 「何か」は五感や感性そのものでもいいけれども、より多くの光を受けようとするならば、そのうち最も確実な手段は言語だろう。なぜなら、言語はより明確に学ぶことができるからだ。ならばその手段にすがりついてでも、僕は耳鼻咽喉の美に触れたい。その瞬間的な光は、その時に「何か」で受け止めなければ一瞬で僕の人生を通り過ぎてしまう。特に記憶力がひどく悪い僕にとっては。今年の目標は、僕の言語を耳鼻咽喉科で鍛錬することにしよう。まずは言語側のテキストとして、吉本隆明「定本 言語にとって美とはなにか〈1〉」、「定本 言語にとって美とはなにか〈2〉」、そして「共同幻想論」を注文した。

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演歌的旅情 - イヴローニュ(池尻大橋) http://www.thesyntaxerror.net/2009/01/20/232704 http://www.thesyntaxerror.net/2009/01/20/232704#comments Tue, 20 Jan 2009 14:27:04 +0000 Syntax http://www.thesyntaxerror.net/2009/01/20/232704

 レオナール・フジタ展を観たあと、池尻のブラッスリー・イヴローニュに行く。感化されやすい僕はフランス贔屓の気分になっていたし、かつ、生活を楽しむリラックスを心底求めていた。人のぬくもりや土のにおいを感じられるこの店は、徹夜明けの僕をベッドよりもなお柔らかく受け止めてくれるのではないか、そんな気がするのだ。この夜もまた、驚きというよりは安心感に満ちた、それでいて土着的な旅情が飽きさせない、そんな食卓を堪能した。


 まずはスパークリング・ワインで乾杯して三陸の牡蠣。次にネギのマリネとガレット。とろりとした甘い多重構造は天然のミルクレープといった感じだ。清涼感と甘みとが整然と交互に、けれど渾然と一体に、主張を展開する。いつもの地味なネギとは違う吹っ切れた感じで、ネギは焦がすだけじゃなくてマリネードしても弾けるんだなぁ。僕があと25歳くらい若かったら、外側から順に分解して各々の食べてみたいという衝動に駆られるのだけれど、大人だから一口で食べてグラデーションを楽しむ。
 ガレットは、とにかく空腹だったので先に食べれて腹もちの良いもの、という実も蓋もない理由で注文する。卵がボリュームを添えていて、蕎麦の素朴な風味とあいまって空腹も優しく一段落。あとでインターネットで知ったのだけれど、イヴローニュのシェフが修行していたお店は「コム・ア・ラ・メゾン」といってフランス南西地方料理の専門店だという。ガレットは北西のブルターニュ地方料理だから専門外だったかなぁ?と思ったけれど、別のサイトによればシェフはランスやサヴォワでも修行を積んだというから、フランスの郷土郷土それぞれの語彙が豊富な方なんだろうと想像。
 ワインはマルゴーにして、ひな鶏のローストと格闘している間にボトルは空いてしまう。店を満たす心地よいざわめきと、やわらかな照明のなか、赤白のギンガム・チェックのテーブル・クロスの上で鶏の丸焼きをさばく。これって、総体として実に郷土的な体験だ。そう求めるからそう見えてしまうのかも知れないけれど、フランスで嗅覚を頼りに入った店々の雰囲気ととてもよく似ている。大学生のころパリからバルセロナに行く列車を衝動的に途中下車した街で入った食堂、あるいはアンティーヴの道で出会った親子が教えてくれた食堂、思わずそういう店々と重ねてしまう。
 睡眠不足のせいとレオナール・フジタの余韻で感傷的になっているのかもしれないけれど(今もワインを飲みながらこれを書いているし)、こういう演歌的旅情が池尻大橋の駅のすぐ近くで味わえるなんて幸運なことだ。今回はデザートをパスしてしまったけれど、次回は万全の体調で臨むとしよう。

イブローニュ (IVROGNE) (フレンチ / 池尻大橋)
★★★☆☆ 3.0

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まんまと「神の雫」にハマる http://www.thesyntaxerror.net/2009/01/11/122006 http://www.thesyntaxerror.net/2009/01/11/122006#comments Sun, 11 Jan 2009 03:20:06 +0000 Syntax http://www.thesyntaxerror.net/2009/01/11/122006

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 年末、近所の信濃屋へ正月休み用のワインを買いに行く。棚にはいつも通りワイナリーの説明だとか「円高還元」なんて書かれたPOPが貼られているのだけれど、そのなかに「『神の雫』にも登場」みたいなことが書かれたワインがあった。僕はジュヴレ・シャンベルタンをようやく2本に絞って、ずいぶん悩んでいたから、最後のひと押しはこのPOPを信じることにする。それにしても、「神の雫」ってどんなマンガだろう? そう思って別の棚に目をやるとそこにはまさに「神の雫」が並んでいる。売り物かしらんと半信半疑で第1巻をなんとなく手に取ってレジに持って行ったら、これはちゃんとした売り物だった。年末のこういう軽率さが祟って、きょうは下北沢の古本屋で続きを15冊も買い占めることになる。ワインは好きだけどよく知らない、という僕のような人間にはちょうどいい娯楽的解説書だから、アカデミー・デュ・ヴァン(Academie du Vin)に通う前に読破しておこう。


 ちなみにそのワインはS.C.ギヤール(Guillard)の2004年もので、ヴィエイユ・ヴィーニュ - オー・コルヴェ(Vieilles Vignes - Aux Corvees)との表記がある。

 抜栓して試してみると随分固い印象だったので、デキャンティングしてしばらく放置したら果実味が豊富で少し粘性を伴うような柔らかさが出てきて妻ともども大好評のうちにボトルはすぐ空に。ワインに関する語彙の極端な乏しさのせいで、僕はいつも書きながらひどく舌足らずな、「How are you?」と聞かれても単に何とかの一つ覚えで「 fine.」としか答えられなかった頃と同じもどかしさを感じる。けれど、それは今後の課題としよう。僕は元気だし、ワインは旨い。今日のところはそれでよしとしよう。これは確か5,000円台で買えたかと思うけれど、かなり費用対効果の高いワインだと思う。
 ただ、あとで調べてみると幾つか疑問が出てきた。まず、ギヤールはジュヴレ・シャンベルタンに畑を持つドメーヌであると幾つかのサイトで紹介されているのだけれど、ラベルを見る限りこれはドメーヌ元詰めではない。かといってギヤールはネゴシアンであるとも聞かれないから、これはどういう訳なんだろう。
 次に、このワインはジュヴレ・シャンベルタンの村名ワインなのだけれど、ラベルに表記されたオー・コルヴェはプレモー(Premeaux)地区の一級畑で、厳密にはジュヴレ・シャンベルタン村ではないようだ。プレモーは隣接するニュイ・サン・ジョルジュ村の村名を名乗ることができるという記述もあるので、となると、この畑は同様にジュヴレ・シャンベルタン村の村名を名乗ることができるのだろうか? これはちょっと腑に落ちない。
 さらに、このワインは単にジュヴレ・シャンベルタン村を名乗るだけだから、これはオー・コルヴェが一級畑であることと、どのような関係にあるのだろうか? もし仮に一級畑のワインが、何らかの事情で村名ワインとして売られているのだとすれば、これはすごくラッキーなことだったんじゃないか、なんて密かに期待してみたりもする。飲んでしまってからの後講釈(というか勘繰り)だけれど、唯一確かなのはこのワインはとても旨かったということだ。
 もう一本は白を買って、こちらは「神の雫」とは関係がないけれど、どこかで言及されていればなぁと楽しみにしているムルソー(Meursault)。

 この村は僕の白ワインに関する黒歴史(笑)の転換点で、特別な思い入れがある。2005年にこの村に連れてこられたとき、僕はカミュ「異邦人」の主人公と同じこの村に名前に心が躍った。けれど、テイスティングにはそれほどの興味がなく、赤ばかりでは芸がないから話の種に、というようないわば義務感からタダ酒を飲んだ。本当に調子のいいことに。なぜなら当時、僕は白ワインなんて女子どもの飲み物じゃないか、とどこか本気で思っていたからだ。
 もちろん、そう思う僕こそが子どもだったのだ。この村で白ワインの濃厚さや豊潤さ、そしてそもそも、白ワインもまた熟成を重ねるという当たり前の事実を目の当たりに、というか舌の当たりにして目が覚めた。そういう産地だから、年末年始をスベらずに過ごすには間違いがないだろう、ということでこれを買う。ただ、実は年末から僕は尋常じゃない忙しさに見舞われていて、未だにこのボトルを開けられずにいる。今だってブルゴーニュの畑を調べたりブログを書いたり、おまけにご丁寧にアフィリエイトまで貼ったりしている場合じゃなかったりもする。
 だからもちろん、なおさら、「神の雫」を15巻なんて買い込んでいる場合でもないのだけれど。マンガのラッピングを破るのなんて実に容易いことだし、ムルソーのコルクを抜くのも訳ない。いま、僕の自制心が試されている。

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ブショネ http://www.thesyntaxerror.net/2008/12/13/184229 http://www.thesyntaxerror.net/2008/12/13/184229#comments Sat, 13 Dec 2008 09:42:29 +0000 Syntax http://www.thesyntaxerror.net/2008/12/13/184229

 
 ここ数カ月というもの忙しい日々が続いていて、家でゆっくり酒を飲むこともできずにいた。できずにいた、というか、知らず知らずのうちにその余裕を失っていた、という方が正確かも知れない。心を亡くすと書いて「忙しい」というのは、頓知が効いているけれど、実はなかなか怖い話だ。ともあれ、束の間の余裕を取り戻して開けたワインは、僕が初めて自覚するブショネだった。いや、そこまで確信はないのだけど、恐らくそうだったろうと思う。それは初恋の記憶のように、曖昧で、それでいて、深い苦味を味蕾に残した。


 せっかくだから、と開けたのは4月にパリで買ってきたジュヴレ-シャンベルタン(Gevrey-Chambertin)の赤で、ヴィンテージは2003年くらいだったかなぁ。まぁ、適当なもんだ。ホテルの近くのワイン屋で特売になっていて、この村のものにしては安かったので紅白1本ずつ買った。値段は30ユーロぐらいだったろうか。機内で隣席のフランス人に教わったサン・テミリオンを探して置いてなかったので、それならばとブルゴーニュにしたのを覚えている。
 グラスに注いでテイスティングごっこをする時には、気温が低いせいかまだ開いていないだけかと思った。けれど、タンニンの渋みというよりも妙な苦みが気になる。妻も隣で「こういうワインなのか?」と聞くのだけれど、なんか違うんだよな、としか言いようがない。そこでもしやと思ったのが、ブショネ。コルクを嗅いでみると、かすかながらも酸味を伴った異臭がした。とはいえ、時間が経ってワインの香りが開いてきて、また、僕ら自身も酔ってくると、この苦みもそこまで気にならなくなってくる。だからこれは、軽度のブショネだった、とも言えるし、もしかしたらブショネなんかじゃなかった、とも言える。幸か不幸か証拠は綺麗に消えてしまった。
 それから気になって何度も「ブショネ」をグーグルで検索してはウェブサイトを渉猟する。けれども、いかに一般的な説明や個別の事例を読んだところで、「僕が飲んだワインがブショネだったのか否か」という質問への答えはない。あるいは、それは僕の感覚の中にしかない。本当は、僕の感覚の中にすらもないかも知れない。「ブショネ」という言葉がブショネを存在させている、なんという風にも思えるくらいで、ここに感覚の遊びとしてのワインの面白さがあるのかも知れない。
 僕がウェブで調べた限りブショネは外部から識別不可能だそうで、その説に立つと、ワイン屋が特売で捌いた劣化ワインを掴まされた、ということではなさそうだ。一方で、貯蔵庫全体が原因物質で汚染されることもあるそうだから、ある種の事前情報を元にワイン屋が特売で売り抜けた、と考えることも可能かも知れない。こう書くと、話はなんだかサブプライム・ローンやら債権担保証券やらのアナロジーとして面白そうなんだけれど、今回は、悪酔いしそうなそんな話には踏み込まないことにしよう。
 ともかく、このぼショネ体験が僕に気付かせてくれたことは、「ブショネはありうる」ということだ。レストランでのテイスティングはしっかりやらなければ。

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