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    <title>The SYNTAX ERROR * BLOG = 脳髄の失禁</title>
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    <title>ダイニング・テーブル売ります</title>
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    <published>2009-06-14T04:35:03Z</published>
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    <summary> 　ダイニング・テーブルを買い換えたので、今まで使っていたものを売りに出します。...</summary>
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　ダイニング・テーブルを買い換えたので、今まで使っていたものを売りに出します。幅120cm、奥行き75cm、高さ74cm。木製でヴェンゲ色。天板は2.5cmの厚みがあって、造りは堅牢です。難点は天板に直径7cmほどの鍋の黒い焼け焦げがあること。価格応相談。都区内なら車で届けます。]]>
        <![CDATA[<a href="http://picasaweb.google.co.jp/lh/photo/Qt_ART_NStFSuBH9z--I4A?feat=embedwebsite"><img src="http://lh3.ggpht.com/_QL_5wW5FCcs/SjR-TzCHr2I/AAAAAAAACAw/Pn86oivR2X4/s288/IMG_0700.JPG" /></a>

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焼け焦げ]]>
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    <title>早起きは三文の徳 - 出勤前サーフィン</title>
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    <published>2009-06-14T04:13:26Z</published>
    <updated>2009-06-14T04:30:16Z</updated>

    <summary> 　5月20日、朝5時に家を出て6時過ぎには鵠沼海岸。波は腰程度だったけれど、あ...</summary>
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　5月20日、朝5時に家を出て6時過ぎには鵠沼海岸。波は腰程度だったけれど、あんまり高いとゲット・アウトするのに疲れてしまうので、軟弱なサーファーにはこれくらいがちょうどいい。1時間半ほどボーっと波待ちして、時々思い出したように波に挑戦してみたりして、9時半にはスーツを着てオフィスへ。
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        <![CDATA[<a href="http://picasaweb.google.co.jp/lh/photo/_HicZg66y9fwEVJHUy1VRg?feat=embedwebsite"><img src="http://lh4.ggpht.com/_QL_5wW5FCcs/SjR5B43AwBI/AAAAAAAACAM/2RTuI6_wEho/s288/IMG_0628.JPG" /></a>

　サーフィンはいつも、気付きをくれる。波待ちのとき、遠くを見れば板が安定する。安定感がある人って、海でも陸でも長期的な展望を持っているんじゃないか、とか。あるいは、制御できるものとできないものの違いについて。僕たちは海に波を起こすことはできなくても、頑張ってパドリングして波に乗ることはできる、とか。そして何よりも、地球はデカい、とか。特にオフィス・ワーカーは、地球の大きさと多様性について、ビタミン剤を飲むように定期的に意識を向けることが大事なんじゃないかな。

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    <title>ブラインド・テイスティング</title>
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    <published>2009-06-14T03:09:35Z</published>
    <updated>2009-06-14T04:12:15Z</updated>

    <summary> 　6月13日、大学時代の仲間を呼んで自宅で飲む。アカデミー・デュ・ヴァン(AD...</summary>
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        <![CDATA[<a href="http://picasaweb.google.co.jp/lh/photo/LVZkfyGONpU2C2cS9MIgRg?feat=embedwebsite"><img src="http://lh5.ggpht.com/_QL_5wW5FCcs/SjRYofx_v_I/AAAAAAAAB-8/l8a3C8WpXQk/s288/IMG_0703.JPG" /></a>

　6月13日、大学時代の仲間を呼んで自宅で飲む。アカデミー・デュ・ヴァン(ADV)でソムリエを目指すRちゃんカップルからワインを習おう、ということでブラインド・テイスティングに挑戦。彼女は当日パリから戻ったばかりでチーズをたくさん持ってきてくれて、やはり当日バンコクから帰国したばかりのフィアンセのTくんはワインを4本持ってきてくれた。感謝！　5人で挑戦したフランスのワイン3種類のブラインド・テイスティング、Tくんと僕がそれぞれ1つだけ正解という残念な結果。でも、ゲームとしてはなかなか楽しいなぁ。またやろう。
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        <![CDATA[　まずはロシア皇帝も愛したというシャンパン、ルイ・ロデレール ブリュット・プルミエ(Louis Roederer Brut Premier)で乾杯。辛口でいて果実味の豊かな香りは土曜の浅い午後にはぴったりに思えたし、しかも、「ロシア皇帝云々」というTくんの解説のおかげで雰囲気も泡立つ。

　さて、ブラインド・テイスティング。RちゃんとTくんはADVでフランス・ワインの部分を一通り習い終えたということで、フランス・ワイン3本。ふたりからシラー、グルナッシュ、ガメイの特徴について説明を聞いた後で試飲。シラーはE.ギガル(E. Guigal)のクローズ・エルミタージュ・ルージュ(Crozes-Hermitage Rouge) 2004年というコート・デュ・ローヌ産。グルナッシュはドメーヌ・ラ・ブイシエール(Domaine la Bouissiere)のジゴンダス(Gigondas) 2005年で、こちらもコート・デュ・ローヌ産。そしてシラーはドメーヌ・デ・ボワ・ルカ(Domaine des Bois Lucas)のクニコ(Kuniko)　2006年でこれはロワール産。

　グルナッシュは分かった――というより、"当たった"のだけれども、ガメイとシラーを間違える。シラーのアニスないしはシナモン香は分かると思ったのだけれど、なぜガメイと間違えるのだろう。予想中はシラーはともかく、ガメイとグルナッシュの違いが難ちしいかなぁと思っていたから、僕の知識も味覚も全然まだまだというだけでなく、全くアテにならないということを痛感。

　Mちゃんがモデルの誕生会という実に楽しそうな仕事で帰るのと入れ替わりに、サハリン勤務から東京に戻ったSくんが合流。JALの機内で買って取っておいた森伊蔵の4合瓶を勢いで2本も空にして、さらに鉄幹に流れ込むという怒涛の芋焼酎アワー。6時から始めた会も、お開きになったのは2時くらいかなぁ。しかし、飲んだ飲んだ。飲みすぎてワインの講義はすっかり忘れちゃったなぁ。

　そうそう、Mちゃんに最近話題の洋楽アーティスト、レディー・ガガ(Lady Gaga)について教わる。iPodをつなげてみんなで聴いてみると、エレクトロでいてポップで、いかにもパーティ・チューンという感じ。最近、懐メロ(という自覚はないんだけど、trfの「Boy Meets Girl」は立派な懐メロだろうなぁ)ばっかり聴いてるから、たまには巷の話題にも追い付かないとね。

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    <title>徳はなくても徳あるごとくふるまえ - カーネギー「人を動かす」</title>
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    <published>2009-06-11T14:24:38Z</published>
    <updated>2009-06-12T14:33:17Z</updated>

    <summary> 　友人Oとの課題図書交換、「僕たちに不可能はない」に続く2冊目。なんだかいけ好...</summary>
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        <![CDATA[<img src="http://www.thesyntaxerror.net/2008/04/25/IMG_0017-thumb-324x243.jpg">

　友人Oとの課題図書交換、「<a href="http://www.thesyntaxerror.net/2009/05/11195016.php">僕たちに不可能はない</a>」に続く2冊目。なんだかいけ好かない題名だけれど、友を信じてとにかく読んでみることに。だって、「人を動かす」っていかにもアザトイ感じがするじゃんか。原題に至っては「友達を作って人々に影響を与える方法(How to Win Friends and Influence People)」という直球勝負。ところが、この本に書かれているのは、寝技の手練手管というよりはむしろ「おばあちゃんの知恵袋」的な人間理解だった。読み進むにつれて、僕は自分の小さなエゴがどれだけ無用の摩擦を生み得るか――いや、"生んできたか"――を痛感させられた。人に薦めたくなる良書だった。]]>
        <![CDATA[<blockquote>
われわれは、子供や友人や使用人の肉体には栄養を与えるが、彼らの自己評価には、めったに栄養を与えない。牛肉やじゃがいもを与えて体力をつけてはやるが、やさしいほめことばを与えることは忘れている。やさしいほめことばは、夜明けの星のかなでる音楽のように、いつまでも記憶に残り、心の糧になるものなのだ。
</blockquote>

　この言葉には思い至る所がある。僕のこれまでの成長を支えてきたのは、やはり「優しい褒め言葉」やそれに類する態度だった。思えば母が極めて前向きな人だったから、僕の骨肉が和食によって形作られたように、僕の精神もまた建設的な態度によって育まれた。そんなわけで僕の臓器は「優しい褒め言葉」を徹底的に消化してエネルギーにするよう順化してしまい、否定的な言説に含まれる1割の肯定でも生きていけるようになった。

　そう考えれば、ほかの誰かを「活(生)かす」のも同じだろう。だからこそ、文中に引用された「成功に秘訣というものがあるとすれば、それは、他人の立場を理解し、自分の立場と同時に、他人の立場からも物事を見ることができる能力である」というヘンリー・フォードの言葉が現実味を帯びる。

　それだけに、同様に引用された逆パターンの戒めには耳が痛い。心理学者アルフレッド・アドラーのいわく、「他人のことに関心を持たない人は、苦難の人生を歩まねばならず、他人に対しても大きな迷惑をかける。人間のあらゆる失敗はそういう人たちのあいだから生まれる」という。そうかも。もちろん、必ずしも苦難や迷惑や失敗が悪いとは思わない。けれど、かといって犬死じゃあ英雄譚になるべくもない。

　あるいはニコラス・バトラー博士いわく、「自分のことだけしか考えない人間は、教養のない人間である。たとえば、どれほど教育を受けても、教養が身につかない人間である」という。それでも僕は内向的な知識の蓄積にも敬意を禁じ得ないけれど、確かにそれが善としての教養であるかとなると否定的だ。情報が知恵に変質するその転換点にはやはり、他者が――少なくとも、想定されては――いるんじゃないかと思うんだよね。

　そういう態度に立った時、一見すると小技のように見える次のような指南も実は、より大局的な人間観に基づく行動だと感じられる。

<blockquote>
人と話をするとき、意見の異なる問題をはじめに取り上げてはならない。まず、意見が一致している問題からはじめ、それを絶えず強調しながら話を進める。互いに同一の目的に向かって努力しているのだということを、相手に理解させるようにし、違いはただその方法だけだと強調するのである。
</blockquote>

　例えば電話会議で交渉をしているとき、僕の上司はよく「同じページを見ていることを確認しよう」と言って合意済みの基本的な事柄に立ち返っていた。初めはそれに仰々しいような勿体ぶったような感じを覚えたけど、これがどれほどの時間(つまり、お金)の節約していたか、今になるとよく分かる。この一歩後退して全体を俯瞰するのと同様、次のように一歩横にずれて相手の帽子をかぶるのも、結果的には「急がば回れ」かも知れない。著者は「あなたがそう思うのは、もっともです。もしわたしがあなただったら、やはり、そう思うでしょう」と言ってから別の意見を言うべきだ、と説く。同じ商品でも、売り手と買い手とでは見え方が違う。そして厄介なことに、往々にして「見え方が違う」ということが自覚さらには共有されない。視点の差異を共有するという後退もまた、俯瞰図を与えてくれる。

　これらの示唆はまた、焦る気持ちを抑えることで多くを生み出す次のような知恵につながっていく。

<blockquote>
命令を質問のかたちに変えると、気持よく受け入れられるばかりか、相手に創造性を発揮させることもある。命令が出される過程に何らかの形で参画すれば、だれでもその命令を守る気になる。
</blockquote>

　これは僕にも経験があって、論理的な思考力のある相手であるほど、こちらの断定的な話に対しては猜疑心を持ってしまう。これは健全な脳の生理だ。だからこそ、課題を提示して解決策を求めるとか、あるいはそこまで「丸投げ」することが許されなければ、こちらの話を仮説だと言い切って改善を依頼する、なんてことで複数の脳の生理をチームの推進力に変えていけるのだろう。チームワークという観点では、他人の評価についても著者はサンテグジュペリの興味深い発言を引用している。

<blockquote>
相手の自己評価を傷つけ、自己嫌悪におちいらせるようなことをいったり、したりする権利はわたしにはない。たいせつなことは、相手をわたしがどう評価するかではなくて、相手が自分自身をどう評価するかである。相手の人間としての尊厳を傷つけることは犯罪なのだ。
</blockquote>

　もちろん僕は、本書が描くような寛大で思慮深い、つまりはデキた人間じゃない。けれど、同書に引用されたシェイクスピアの「徳はなくても、徳あるごとくふるまえ」という言葉には勇気づけられた。徳あるごとく振る舞ったら、それってまさに有徳の人じゃんか。寛大で思慮深いかのように振る舞えば、それって寛大で思慮深い人だよね？　ともかく、まずは謙虚に模倣からはじめましょう、ということで。

　さて、本書は最後に「幸福な家庭をつくる七原則」についても触れてあるのだけれど、ここで引用されていたドロシー・ディックス女子なる人の発言が面白かった。この部分だけでは本筋には関係ないけれど、備忘。「結婚という出来事にくらべると、出生は単なるエピソードにしかすぎないし、死もまた取るに足らない事件にすぎない。」

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    <title>In Debt We Trust</title>
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    <published>2009-06-11T14:10:54Z</published>
    <updated>2009-06-11T14:20:38Z</updated>

    <summary> 　Murray Hill Journal: オバマ一家を救った「ジャックと豆の...</summary>
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        <![CDATA[<img src="http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/3/32/Barack_and_michelle_.jpg" width="320">

　<a href="http://wholekernel.blogspot.com/2009/05/blog-post_21.html">Murray Hill Journal: オバマ一家を救った「ジャックと豆の木」</a>を経由して見つけた新聞記事が面白かった。それはDaily News誌の意見欄に掲載された<a href="http://www.nydailynews.com/opinions/2009/05/04/2009-05-04_president_obamas_mantra_in_debt_we_trust.html">President Obama's troubling mantra: In debt, we trust</a>という記事だ。オバマ米大統領夫妻もかつては自宅を担保にした借り入れで生活を支えており、オバマ氏の著書が「ジャックと豆の木」のごとく印税をもたらすまでは貯蓄もほとんどなかったようだ。夫がやがて大統領となる弁護士夫婦ですらこのような状況であれば、他の家庭の貯蓄性向は推して知るべしだろう。]]>
        <![CDATA[　オバマ家の借入金の推移についてはMurray Hill Journalに詳しいけれど、要約するとおよそ次のようになる。夫妻は約16万ドルの住宅ローンを借りて1999年4月にマンションを購入し、翌月にはもうそのマンションを担保に約2万ドルを借り入れ。2002年には住宅ローンを借り替えて21万ドルに増額。そのマンションに別の抵当権を設定して10万ドルの借り入れ枠を設定。記事の推定では2004年当時のオバマ家の負債は約24万ドルで、当初の住宅ローン借入額約16万ドルに8万ドルほど借入金を積み増している。

　2000年から2004年までのオバマ家の調整後総所得は平均約26万ドルで、オバマ大統領が大統領選で自ら定義した税務上の「高額所得世帯」の25万ドルを上回る。一方で記事は、当時のオバマ家の税務申告書には課税対象の利子所得が申告されていないことから、オバマ夫妻には明らかに貯蓄がほとんどなかった、としている。自身の「高額所得世帯」の定義に該当するオバマ家自体が、約26万ドルの年間所得に対して実質無貯蓄で、住宅を担保に24万ドルの借金を背負っている。さらに、その借入金のうち16万ドルは住宅購入費用としても、残りの8万ドルは一家の消費に回されている。

　これでは記事が指摘する通り、「オバマ夫妻は彼らの資力以上の生活をしており、住宅価格の下落で彼らも苦しんでいたかもしれない」。けれども、結果としてそうはならなかった。オバマ氏の著書がミシェル夫人いわく「ジャックと豆の木のような」収入をもたらしてくれたからだ。「その豆の木がなければオバマ家も最後には過大な負債に苦しんでいただろう」と筆者。

　Nikkei Netにはという<a href="
http://waga.nikkei.co.jp/comfort/fashion.aspx?i=MMWAg6000021012009&page=3">記事</a>もあった。

<blockquote>
「J. Crew」や「Banana Republic（バナナ・リパブリック）」などのカジュアルブランドもミシェル夫人は日頃から人前で着ている。「J. Crew」や「Ｈ＆Ｍ」の服を着て選挙キャンペーンに臨んだ際は、米国中のショップからその商品がまたたくうちに消えたという。
</blockquote>

　もちろん、彼女のファッションには政治的な意図あってのことだろう。けれど、印税所得以前のオバマ家の家計を見る限り、意外性を訴える「セレブリティすらもH&M」という神話が多少霞んで見える。彼らは日頃オートクチュールで生活するようなセレブリティではなかったからだ。少なくともオバマ氏の著書が売れる前は。

　住宅担保ローン(Home Equity Loan, HEL)の債務者のうち、著書が何百万部も売れたり、米国大統領になったりする人は稀だ。東洋経済の<a href="http://www.toyokeizai.net/business/international/detail/AC/ffc54077926b438c1
dfaa5e5b858e287/ ">記事</a>によると、HELの抵当順位は住宅ローンに次ぐ第2位で、その融資総額が2008年3月末で約8,800億ドルあったという。優先するサブプライムが不良債権化している以上、HELも凄惨な状況だろうと思うけれど、現状はどうなっているんだろうなぁ。]]>
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    <title>飽和攻撃の予防接種</title>
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    <published>2009-06-11T13:24:58Z</published>
    <updated>2009-06-11T14:10:22Z</updated>

    <summary> 　マサチューセッツ州法の定めで、渡航前に打っておかなきゃいけない予防接種がいろ...</summary>
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        <![CDATA[<img src="http://www.navy.mil/management/photodb/photos/081216-N-0000X-001.jpg" width="320">

　マサチューセッツ州法の定めで、渡航前に打っておかなきゃいけない予防接種がいろいろある。いわく、1)麻疹ワクチン、2)おたふく風邪ワクチン、3)風疹ワクチン、4)B型肝炎ワクチン、5)破傷風/ジフテリア追加ワクチン、6)髄膜炎ワクチン。そして、必須ではないけれど「強く推薦する」として7)水痘。医師と相談して、6月8日に破傷風/ジフテリアとB型肝炎の1回目、6月15日に風疹、7月13日にB型肝炎の2回目、7月21日に髄膜炎、7月27日におたふく風邪、というスケジュールを決定。僕は注射が大嫌いなのだけれど、これだけ続くと分かっていると、自分でも驚くほどビビらなくなる。心理的防衛戦として心底ビビれるのは1本か2本が限界で、それ以上の攻撃に晒されるとまるで戦いにならない。軍事用語でいう飽和攻撃ってコレのことか、と思いながら両腕に貼られた絆創膏を撫でる。]]>
        
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    <title>有益な相互依存 - H. クリントン米国務長官の卒業祝辞</title>
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    <published>2009-06-05T15:28:54Z</published>
    <updated>2009-06-05T15:34:48Z</updated>

    <summary> 　購読しているメールマガジン「『ソシアレ』～社会起業家的な新しい働き方のスタイ...</summary>
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        <![CDATA[<img src="http://blogs.nyu.edu/fas/dri/aidwatch/Hilary-Inspires.gif" width="320">

　購読しているメールマガジン<a href="http://www.mag2.com/m/0000147400.html">「『ソシアレ』～社会起業家的な新しい働き方のスタイル」</a>で、ヒラリー・クリントン(Hillary Rodham Clinton)米国務長官がニュー･ヨーク大学の卒業式で話した祝辞の内容を知る。そこではSNSやマイクロファイナンスに言及されているというので、さっそく<a href="http://www.state.gov/secretary/rm/2009a/05/123431.htm">米国務省のサイト</a>で原文を確認。SNSなどに加え、"有益な相互依存"や"市民外交官"といったキーワードが散りばめられたうえに、「世界にいる30歳未満の若者のうちの60％が、こんにち我々が直面する最大の問題を解決するだろう」という。その根拠は明かされないけれど、それは「若者が解決してくれなければお手上げだ」という背理法かも知れない。ともあれ、彼女の祝辞はSNSなど現代の胎動を増幅して響かせる。僕もまた、鼓舞される思いがした。]]>
        <![CDATA[　若者を奮起させるこの祝辞も、しかし、クリントンは謝辞のあと早々に次のように釘を差す。

<blockquote>
[拙訳] さて、卒業式の祝辞を理想主義的にやるのが流行りだと知っていますし、この祝辞もそんな風に聞こえるかも知れません。けれども、私の信念の根は強い現実感なのです。お分かりの通り、我々には選択肢があるとは思えません。傍観を決め込んでもいいでしょうし、気をもんでいてもいいでしょうが、それがどんな結果になるかは明らかです。良心と信念ある世界中の人々には受け入れがたいような思想を持つ人々に、場を明け渡すことになるでしょう。ですから我々は、有益な相互依存という事実によって、これらの課題[気候変動、飢餓、極度の貧困、過激な思想、新しい病気、そして核拡散]に対応すべく備えましょう。しかしこれらの課題はもはや、政府同士だけの課題だとは見なせません。新しい技術が利用可能になった今、我々には市民外交官や市民活動家となり、問題をひとつひとつ解決していく時間と機会があるのです。問題は勤勉と忍耐と粘り強さに屈し、その結果、我々が望む解決策へと集約していくでしょう。
</blockquote>

　そして、新しい技術がどのようにして人道問題を解決する手段となりえるか、クリントンは事例を挙げる。これらの事例によって僕たちは、彼女の言う「市民外交官」や「市民活動家」という概念が、単なる抽象論を超え、テクノロジーのはしごを伝ってどのように地表に降りてくるのかを確認することになる。

<blockquote>
[拙訳] 事例をいくつか。コロンビアでは、2人の若い大学生が祖国の武力衝突に耐えられず、フェイスブックを使って1,400万人を組織して世界史上最大となる反テロリズムの反対運動を行った。(拍手)  彼らの平和的な努力は数週間で、数年間の武力行使にも匹敵する打撃をテロ組織に与えたのです。
</blockquote>

<blockquote>
[拙訳] みなさんは我々[国務省]が新しい政策を立案するのを待つ必要はありません。今日みなさんが家に帰ったら、インターネットでキヴァというウェブサイトを探してください。K-i-v-aです。そこでは、ヴェトナムに住む母親で、家庭農園用にコメの種と肥料を買うため小額融資を探しているサン・マのような人を助けることができます。また、へファー・インターナショナルのサイトにログオンし、一晩外食するよりも安いお金で、アジアやアフリカの餓えた家族にガチョウの群れを寄付することができます。あるいは、植林をして二酸化炭素排出を相殺し、アフリカの女性を力づけるための、ワンガリ・マータイによるグリーン・ベルト運動を支えることもできます。
</blockquote>

　リンクは<a href="http://www.kiva.org/">Kiva</a>、<a href="http://www.heifer.org/">へファー・インターナショナル</a>、そして、<a href="http://www.greenbeltmovement.org/">グリーン・ベルト運動</a>。これらの運動は市民と市民をつなぐ昨日を果たしており、市民レベルでのいわば水平の「有益な相互依存」を促している(僕がこれをなぜ「相互」だと思うかはまたの機会に)。のみならず、国務省などの国策とも補完関係にあって、その観点からはいわば垂直の「有益な相互依存」を実現しているように見える。国家的な国際協力にも得手不得手があり、NGOにもまた、得手不得手があるからだ。独立こそが国是、と高らかに謳っているようなアメリカの、その国務長官が「有益な相互依存」を説く。そこに現代の胎動を感じちゃうのは僕の勝手な期待ゆえかなぁ。]]>
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    <title>Finance予習</title>
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    <published>2009-06-03T14:49:38Z</published>
    <updated>2009-06-03T14:57:25Z</updated>

    <summary> 　ビジネス・スクールの必修科目のうち、苦労しそうなところを予習しておこう、とい...</summary>
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    <category term="finance" label="Finance" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="mba" label="MBA" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="mitsloanschoolofmanagement" label="MIT Sloan School of Management" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="en" xml:base="http://www.thesyntaxerror.net/">
        <![CDATA[<img src="http://www.morguefile.com/data/imageData/public/files/c/cohdra/preview/fldr_2008_11_08/file000235500715.jpg" width="320">

　ビジネス・スクールの必修科目のうち、苦労しそうなところを予習しておこう、という企画。教科書に関する在校生の意見は二通りで、一方は「時間がかかっても原書のみで読んだ方が身につくし英文を読む速度が早まる」というもので、他方は「和訳も併用した方が時間の有効利用になる」というもの。それぞれに説得力がある。結局、僕は過去の経験から前者に近い立場を取って、まずは原書に挑戦してみることにする。そして、必要に応じて事後的に和書を参照しようという腹積もりだ。ところが、この原書という奴が想像以上に分厚い。先が思いやられるなぁ。]]>
        <![CDATA[　MITスローン校が必修科目のFinanceで使う教科書は、ロンドン・ビジネス・スクールのリチャード・ブリーリー(Richard A. Brealey)教授とスローン校のスチュワート・マイヤーズ(Stewart C. Myers)教授による「Principles of Corporate Finance」。最新の第9版には、ペンシルバニア大学ウォートン校のフランクリン・アレン(Franklin Allen)教授も執筆陣に加わっていると言う。勤務先の先輩からひとつ前の第8版を借りる。第9版はボストンで読むとして、その時に2つの版の違いが分かるくらい内容を飲み込めたら自分を褒めてやろう、という算段だ。

　ところが、手渡されたこの本の重みで、僕の甘い計画はぺしゃんこに押しつぶされそうになる。アメリカの本は厚い。それはスカスカの紙に印刷されているからであって、決して分量が多いからというわけではない――という通説は霧散した。この本は薄く上質な紙に印刷されていて、1000ページ近くある。推理小説の最後を読んで興味を失うのにも似て、僕は最終ページのページ番号を見て自信を失ってしまう。重版の違い云々という以前に、とても読みきれる気がしない。

　けれども、原書のみを読むべしと勧めてくれたある先輩ですら「最初の1, 2週間は教科書5, 6ページ読むのにも1時間かかった」という。それが、量をこなすうちに「最近は斜め読みが出来るようになって1時間もあれば20～30ページは読める」というから、乗りかけた船だし、これを愚直に信じてやってみよう。

　思えばこれに似たことは経験済みだ。2002年の冬、サン・フランシスコの図書館とドーナツ店で、辞書と首っ引きでマイケル・ポーター(Michael E. Porter)の「Competitive Strategy」と「Competitive Advantage」を読んだ。はじめて読む洋書に、なぜこんな本を選んでしまったのかと自分を恨みながら。あの時に比べれば、多少は読解力もついたのではないか。否、読解力は上がっているべきだ、という前提で行こう。結局のところ、僕はあれから7年後に立っているべきところに自らを押しやるしかないのだ――現在地がそこに至っていなかったとしても。

　ミクロ経済学も読んでおこうと思ったけれど、1時間10ページ読んだとして「Principles of Corporate Finance」を読み終わるのに100時間。うーん。ともあれ、まずは目の前の敵からやっつけてしまおう。

<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=stxerr-22&o=9&p=8&l=as1&asins=0073368709&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=stxerr-22&o=9&p=8&l=as1&asins=482224525X&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=stxerr-22&o=9&p=8&l=as1&asins=4822245268&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>]]>
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    <title>著作財産権とファントム・エクイティ</title>
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    <published>2009-06-03T02:04:27Z</published>
    <updated>2009-06-03T03:28:13Z</updated>

    <summary>　ガディッシュ他「プライベートエクイティ 6つの教訓 経営のための知恵袋」のなか...</summary>
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        <name>Syntax</name>
        
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    <category term="著作権" label="著作権" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="en" xml:base="http://www.thesyntaxerror.net/">
        <![CDATA[　<a href="http://www.thesyntaxerror.net/2009/06/03092425.php">ガディッシュ他「プライベートエクイティ 6つの教訓 経営のための知恵袋」</a>のなかで、「保証よりもチャンスに興味を持つ人材」を探して雇用する方法としてファントム・エクイティが紹介されていた。同書で挙げられていた方法と合わせて、ファントム・エクイティの発想を知的所有権にも応用すれば著作財産権の間隙を縫った人材確保策になるのではないか、なんて思う。それは、著作権の散逸を防ぎつつ、例えば放送番組の制作者やアニメーターに対して、作品成功のアップサイドをもたらすことになるだろうからだ。]]>
        <![CDATA[　まず、ファントム・エクイティについての説明を引用する。

<blockquote>
ファントムエクイティとは、ファントムストック(自社株連動型報酬)や株価上昇に連動した利益配分権などの支給方法を指す。この方法では、社員は企業の株価の上昇率に基づいて現金または株式を受け取るが、実際の持ち株比率は変動するわけではない。
</blockquote>

　なによりも、「実際の持ち株比率が変動しない」という点が面白い。ここで従業員に対して与えようとしているのは、企業価値の増加に応じた金銭的報酬であって、企業価値の持ち分そのものではない。ファントム・エクイティであれば実際の持ち株やストック・オプションを付与することで、原投資家の持ち分が希薄化してしまう懸念がない。

　持ち分が希薄化しないことは、著作権事業において一層意味があるように見える。例えば、ある映画作品をインターネット上の映像配信事業に提供しようとしたとき、複数の著作権者がいる場合にはそれぞれの承認を得る必要が生じる。結果として、意思決定に遅れが生じたり、ともすると合意が得られなかったりさえする例がある。これは、いわば経営権が分散するデメリットだ。

　けれど、かといって著作権の持ち分を諦めることは得策でない。大抵の仕組みでは著作権と受益権が表裏一体になっているから、著作権の手綱を手放した瞬間に収益源は走り去ってしまう。問題は、著作権と受益権の分離で、それはまさに、ファントム・エクイティが目指す所有権と受益権の分離と相似形を成すように思えた。

　必ずしも株式投資を伴わない従業員にもファントム・エクイティが与えられ得ることを考えると、これは映像制作などの労働集約的な事業にフィットしそうだ。例えば、現在のアニメーション制作会社には、アニメーターに対する報酬を増額する体力は"現時点では"ないかも知れない。そうだとしても、ある作品からの収入が一定額を超えた部分について"将来にわたって"一定割合を還元する、といった仕組みは考えられるだろう。もちろん、この収益配分によって、著作権に基づく事業上の意思決定が複雑化することはない。

　「プライベートエクイティ 6つの教訓」の著者は、人材を次のように発掘せよと説いている。

<blockquote>
●　「会社に一生安住する」というメンタリティに、まだ汚染されていない人材を探す。<br>
●　賃金が低いセクターに人材を求める。現在の報酬が少なく、自分にどれだけの価値があるかを知らない人たちは、(あなたの会社のように)確実に発展すると思われる会社に採用される幸運を歓迎するだろう。
</blockquote>

　クリエイターには概して、――少なくとも「サラリーマン」よりは――会社に安住するというメンタリティは稀だろうし、さらに多くの場合は低賃金に甘んじている。著作権事業にはまだまだ、制度改善と人材活用の余地があるように思える。もっとも、それもそのはずだ、と思う。著作権事業なんて、結局のところどの事業よりも厳格な意味で、まさに人間と制度だけでできているんだから。]]>
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    <title>ガディッシュ他「プライベートエクイティ 6つの教訓 経営のための知恵袋」</title>
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    <published>2009-06-03T00:24:25Z</published>
    <updated>2009-06-03T01:53:26Z</updated>

    <summary> 　本書はプライヴェート・エクイティ(PE)事業の詳説というよりは、副題の通りP...</summary>
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        <name>Syntax</name>
        
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    <category term="堀新太郎" label="堀 新太郎" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="en" xml:base="http://www.thesyntaxerror.net/">
        <![CDATA[<img src="http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/0/07/Boston_downtown_skyline.jpg" width="320">

　本書はプライヴェート・エクイティ(PE)事業の詳説というよりは、副題の通りPE側から事業会社側に対する助言、という内容だった。前書きは「本書をその一助とされながら、正しい時期によいパートナーを選択され、名実ともに業界内でのグローバルリーダーシップをお取りになる日本企業が、たくさん出てこられることを、祈念してやまない。」と訳者であるPE幹部が宣伝調で結んでいる。時折見えるこのような論調がポジション・トークの疑いを無用に招くのが残念だったけれど、それを差し引いても、PEの競争力の泉源を示唆する良書だった。]]>
        <![CDATA[　著者は「結局のところ、フルポテンシャルを追求するための現実的で実施可能なタイムフレームは、ほとんどの場合、3～5年ということになる。つまり、それがPE投資家の標準的なタイムフレームなのだ。」という。僕は3～5年の時間軸が絶対的に意味があるとまでは思わない。それは「フルポテンシャル」というゴールの高さ自体が時間軸によって伸縮するだろうからだ。3～5年という時間軸は、しかし、それでも相対的な意味があるだろう。それは、四半期決算に一喜一憂する短期保有の投資家にも、企業統治が弛緩しがちな長期保有の系列会社にもない、新しい時間軸だろうからだ。その傍証として次のような記述がある。

<blockquote>
いまや企業総価値が1億ドルを超える資産のほぼすべての売却は、意欲的な投資銀行によって競売にかけられているのが現実だ。さらに、1980年代にはプライベートエクイティのリターンが非常に高かったことから、雨後のたけのこのように新しいファンドが設立され、競争も激化している。今日では、資産を潜在的価値より割り引いた金額を買うことはほとんど不可能だ。
</blockquote>

　競争を通じて市場の値付けが機能しているからこそ、裁定取引の余地は小さい。この状況下で重要度を増すは、より根源的な企業価値の向上になる。そこで威力を発揮するのがPE投資家の行動力だ。「最初のイニシアチブを100日以内に着手することを目指して、ブループリント・プロセス作成作業に2～6ヵ月ほどの期間をあてるように計画する」という。企業価値向上のための数か月単位のプロジェクトはコンサルティング会社も実施するけれども、PE投資家は自己資金を投じており、主として機関投資家から集めたその資金には期待収益という重荷が課せられている。企業価値向上を早期に仕上げる動機はPE投資家の方が高いだろう。そのためにPEが採用する指標も徹底している。

<blockquote>
「顧客1人当たり利益」を測定するのは事後を振り返ることでしかない。それに対して、「先月獲得した、高い価値を持つ顧客の数」の測定は、将来の重要な行動指針を明らかにする。同様に、「売り上げ減少」の測定は確かに問題の指摘にはなるが、何人の顧客が解約したかという顧客チャーン(離反率)の測定は、マネジメントがどういう奨励策を打つべきかの指針を与えてくれる。
</blockquote>

　外部の投資家が、投資先事業の「決算報告で明らかになる前にモニターできるような指標」が何であるかを見極めるのは容易ではない。そこで興味深いのはTPGキャピタル共同創業者のジェームス・カルター氏の(James Coulter)次のような発言だ――「私たちは、"私たち"のではなく"彼らの"評価指標を使う。コーポレートセンターが先入観で押しつける経営指標ではなく、ここの事業部門にとって意味のあるパフォーマンス指標を使うべきだ」。それは例えば、下記のような事例に象徴される。

<blockquote>
たとえば、投資先の1つがワイン醸造会社だったあるPEファームは、指標に総資産利益率や経済的付加価値(EV)ではなく、キャッシュフローとそのキャッシュの回転サイクルを使った。なぜなら、ワイン醸造業は固定資産が非常に重要な意味を持つ特異な事業だからである。収益から減価償却費を引く評価指標を使うことは、長期的に企業価値を高めることになるブドウ園とワインセラーを持ち続けるワイン醸造会社には、短期的には実態以上に会社の価値を過小評価させることになるからだ。
</blockquote>

　このような実直さは投資先の功労者への報酬についても明言されている。「重要なイニシアチブで抜群の功績をあげた幹部に、(かなりの金額の)ボーナスを支給することには何の問題もない。」と著者は断言し、投資先の経営陣への経済的誘因の与え方について次のように説明する。

<blockquote>
たとえば、マネジメントチームは当初その企業の全株式の5～10%を保有し、さらにあと20%を手にすることも可能な形だ。つまり、投資期間(3～5年が多い)の最後には、その企業の価値の4分の1が彼らのものになるというタイプのインセンティブだ。これはかなりの金額になる。給与とボーナスを足した額よりもはるかに大きい。それぞれの企業の事情にもよるが、このシステムに数十人が関与するとしたら、全体のパフォーマンスには相当な影響を与えるだろう。
</blockquote>

　著者は優秀な人材を引き付けるための要素として、「会社の使命」、「地理的場所」、「出張の有無」、「魅力的な幹部」、そして「刺激的な上司」を挙げている。けれども、その最前列で述べられるのは「人材に対する金銭的オファーは、少なくとも彼らが負うリスクに見合ったものであるべきだ」との哲学だ。そして、次のように続ける。

<blockquote>
古くさい給与等級や、時代遅れの階級システムの考え方に縛られてはいけない。ほかの企業が有能な人材にどのような報酬を提供しているかを調査し、そのデータに基づいて、他社と比べて見劣りのしない給与を保証すべきだ。
</blockquote>

　ここで語られる経済原理は――その冷たい語感とは裏腹に――、たとえば獲得した顧客の数であったり、人材への報酬であったり、ひたすら実態に根差している。棚卸資産管理や受取・支払勘定管理を通じた現金創出能力向上のくだりなどは、商店街の青果店のそれと全く変わらない基本を説いているに過ぎない。けれど、この愚直さはどこか青臭い危うさを孕みつつ、しかし、若さに満ちていて魅力的だ。ここにPEの熱源があるのではないだろうか。

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    <title>学生向け美術品貸出プログラム</title>
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    <published>2009-05-30T04:58:38Z</published>
    <updated>2009-06-03T00:22:25Z</updated>

    <summary>Student Loan Art Program | List Visual A...</summary>
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    <category term="mitlistvisualartscenter" label="MIT List Visual Arts Center" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="en" xml:base="http://www.thesyntaxerror.net/">
        <![CDATA[<div class="kwout" style="text-align: center;"><a href="http://listart.mit.edu/student_loan_art_collection"><img src="http://kwout.com/cutout/f/sc/j9/4x5.jpg" alt="http://listart.mit.edu/student_loan_art_collection" title="Student Loan Art Program | List Visual Arts Center" width="301" height="233" style="border: none;" /></a><p style="margin-top: 10px; text-align: center;"><a href="http://listart.mit.edu/student_loan_art_collection">Student Loan Art Program | List Visual Arts Center</a> via <a href="http://kwout.com/quote/fscj94x5">kwout</a></p></div>

　MITスローン校の新入生向けメーリング・リストで、MITリスト・ビジュアル・アーツ・センター(List Visual Arts Center)の学生向け美術品貸出プログラム(Student Loan Art Program)のことを知る。<a href="http://listart.mit.edu/student_loan_art_collection">ウェブサイト</a>によれば、学生は400点に及ぶ絵画や写真を抽選によって1年間無償で借り、自室などに飾ることができるらしい。抽選といっても、5分の2の確率で希望する3作品のうちの1つが借りられるというから、決して望み薄ではない。このプログラムのウェブサイト、上のように奈良美智や村上隆の作品が写っているけれど、まさかそれらは借りられないよねぇ？　ともあれ、これは素晴らしい試みだと思う。]]>
        <![CDATA[　果たしてどんな作品が貸し出されるかという肝心なリスト、気持ははやるけれども、MIT学内のネット接続アカウントを登録しなければ見られない。さっきあらためて登録に挑戦したのだけれど、Javaがうまく働いてくれないので断念。貸し出し対象作品の展示会は9月2日からというので、まぁそれまでに確認すればいいとしよう。ただ、<a href="http://www.weeklydig.com/arts-entertainment/visual-arts/200709/mit-s-student-loan-art-program">別のサイト</a>によるとコレクションにはホアン・ミロの作品も含まれているようだから、期待は大きい。

　それにしても、貴重な美術品を貸し出して無傷で帰ってくるのだろうか？　そのサイトでキュレーターのビル・アーニング(Bill Arning)氏が語るところによると、「作品が失われたことは幾年にもわたってほとんどない」とのこと。学生との成熟した信頼関係が窺われ、こう聞くとなおさら自分が預かった作品は大事にしなければ、と思う。一方で、ある学生が仏像をトカゲの水槽の近くに置いたせいで、その彫刻にハエがたかってしまい、結局その作品を燻さなければならなかったこともあるらしい。うーん。このプログラムで作品を貸し出す時には、美術品をどのように運び、どのように壁にかければいいか、について詳細な説明がついてくるそうだ。よく読んで気をつけよう、とセッカチなことに今から思う。

　アーニング氏によると、このプログラムの目的のひとつには「美術品を学生の生活の中にじかに置くこと」があるそうだ。「美術品のある生活をする学生は、ポスターのある生活と本物の美術品のある生活との違いに気づくでしょう」とのこと。僕はポスターが例えば油絵の原画に"劣る"とは思わない。けれど、こういう試みを通じて"美術品を部屋に飾る"という消費行動の裾野が広がっていけば、それは生活者にとってよりよい生活もたらすだけでなく、創作者にとっても新しい売り先が広がり、結果として、自己表現を支える市場が拡充したらいいなぁと思う。

　最小限に抑えるべく努力されているとはいえ依然として存在する作品棄損のリスク。これを敢えて取ることの社会的なリターンは、より多くの作品が将来にわたって制作され、それらが愛されていくことなのだろう。こういう利益考量を内在化させたいわば文化政策が、政府や自治体などではなく、大学のコミュニティ内で息づいていることに改めて驚く。GPSやセンサーを使って作品管理を高度化するとか、和風に味付けして日本でも応用できるんじゃないだろうか。]]>
    </content>
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    <title>ジラール「マティス　色彩の交響楽」</title>
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    <published>2009-05-30T02:19:48Z</published>
    <updated>2009-05-30T04:09:50Z</updated>

    <summary> 　「マティスの時代展」を観たあと、ブリヂストン美術館の売店でこの画家についての...</summary>
    <author>
        <name>Syntax</name>
        
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    <content type="html" xml:lang="en" xml:base="http://www.thesyntaxerror.net/">
        <![CDATA[<img src="http://upload.wikimedia.org/wikipedia/en/0/0a/Matisse-The-Dessert-Harmony-in-Red-Henri-1908-fast.jpg" width="320">

　<a href="http://www.thesyntaxerror.net/2009/05/24124357.php">「マティスの時代展」を観た</a>あと、ブリヂストン美術館の売店でこの画家についての本を買う。グザヴィエ・ジラール(Xavier Girard)による「マティス　色彩の交響楽」。図版と資料が豊富に盛り込まれたこの本は、二部構成になっている。前半は時代背景とともに画家の生い立ちを解説し、後半は本人や周囲の発言によって画家の内面に迫っている。一番の収穫は、華やかで装飾的な作品を描くこの画家の、苦悩や渇望、そして思考に触れられたことだ。

]]>
        <![CDATA[　過去の巨匠たちに学んでいたマティスは、しかし、旧来の手法から脱出する。彼は「飲みこまれること、つまり自分を見失うことを恐れて、ルーヴルは見ないようにしていた。ただし、日本の絵は見た。そこには色彩があったからだ。」として、浮世絵に「色彩はそれ自体で価値をもち、独自の美しさをもっている」と書いている。環境についても「だから精神性を抑圧することのない、より素朴な方法を身につけるため、田舎に出かけるのです」と言ってコルシカ島を目指す。マティスは田舎の素朴な生活に、大地に根を張る生命力を求めたのだろうか。

　生活に根差す、という点でジラールは次のように指摘する。

<blockquote>
　マティスは、芸術は日常生活に参与すべきだという、アールヌーヴォーの芸術家に共通する考え方を持っていた。しかし装飾に対するマティスの考え方には、別の側面もあった。彼は「表現と装飾は、ひとつのものにすぎない」と娘婿のジョルジュ・デュテュイに語っている。
</blockquote>

　のちにニースのホテルで滞在したマティスは、葉巻の灰が落ちて開いてしまったシーツの穴をふさぐのに、助手のジャクリーヌに「簡単なかけはぎではなく、ひなげしの刺繍にしてくれ」と言うらしい。そうして、ひなげしの刺繍が点々と施されたシーツで79歳の画家が寝起きしていたと思うと、僕はその事実が何よりも、マティスが装飾と生活に寄せた思いを物語っているように感じる。「装飾」というと、あたかも「余分なもの」の同義語のように聞こえるけれど、マティスはむしろ、その装飾にこそ生命を見出したのだろう。美しく飾られたひたむきな生命、それは花々の命を思わせる。この"装飾の実体性"とでも呼ぶべき発想は、画家の次の発言に集約されるように思う。

<blockquote>
　駝鳥の羽の帽子をかぶった、この若い娘の肖像を見てください。羽は飾りであり、装飾的要素のように見えるが、物質でもあるのです。つまり、軽さ、はかなさを感じさせるもの、ふっと息を吐きかけることのできそうなものなのです。(略)私は典型的なものと個別的なものを同時に、すなわち対象を前にして自分が見、感じるものすべてを要約して表現したいのです。
</blockquote>

　このように情報量の多い画面がどうやって創られるのか、マティスは次のように説明していた。

<blockquote>
必然的な色調の比率というものがあり、それにしたがって物体の形態(フォルム)を変えたり、構図を変えたりします。この色調の比率を初めから全体的に獲得することができないので、それを求め、仕事を進めていくのです。そのうちに、あらゆる部分と部分の関係が決定的なものになる瞬間がやってきて、それ以後は全面的に描き変えるのでないかぎり、タブローに筆を加えることはできなくなります。<br>
(ジョルジュ・デュテュイ「フォーブたち」)
</blockquote>

　
　一枚の絵画はその一枚のみで雄弁に語りうるものだけれど、残念ながら僕が美術館でそれと対峙する数分間で聴き取れるメッセージは限られている。だから、このような説明の助けがあると絵画体験が深まる。上のような言葉があってようやく僕は、例えば「ダンス」のような作品で、少ない色数にも関わらずなぜあれほど凝縮された空間が生まれるのか、ということを意識できるようになる。

<img src="http://www.bbc.co.uk/london/content/images/2008/01/23/matisse_dance_440x300.jpg" width="320">

　孫引きした上の文章に加えて、画家自身が「芸術に関する著作と言葉」とか「画家のノート」といった文章を残していたというのは意外だった。僕はもしかしたら、画家は絵だけを描く人間だと早とちりしていたのかも知れない。さらに、その誤った前提をもとに僕は、ある絵画についてはその絵画のみを情報源として理解しなければならない、という印象を抱いていたこともあった。

　もちろん美術館に行けば壁の解説を食い入るように読んだり、また音声ガイドに聞き入ったりするのだけれど、そこには若干の後ろめたさもあった。それはちょうど、デートの最中に相手の履歴書を読むかのようで。けれど、マティスの次のような文章を読むと、履歴書を読んで理解が深まるならばそれでいいじゃないか、と背中を押されるような思いがする。鑑賞者もまた、特定の手法――つまり美術館で絵を観るだけ――、に依存することはないのだ。

<blockquote>
画家の思考はその表現手段と別個に論じられるべきではありません。思考が深まれば深まるほど、表現手段も完全(完全ということは複雑ということではありません)になるのです。私が生に対して抱く感情と、私がそれを翻訳するやり方とを区分することは不可能です。<br>
(アンリ・マティス「芸術に関する著作と言葉」)
</blockquote>

<blockquote>
鋭い感受性をもちながら特定の手法に依存せざるを得ないとき、あるいは鋭い感受性が特定の手法に頼ることを妨げるとき、人生はいかに苦痛に満ちたものになることでしょう。そのことを考えると私はまったく途方に暮れてしまいます。私の人生はずっとこんな調子でした――(略)。<br>
(A. ルヴェールあての手紙)
</blockquote>

　この創元社「知の再発見」双書、手軽な分量でありながら深く掘り下げられていて、素晴らしい出来だと思う。これから他の画家についても読み進めて行こうと思う。

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    <title>骨折力</title>
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    <published>2009-05-30T02:08:30Z</published>
    <updated>2009-05-30T02:18:17Z</updated>

    <summary>　5月15日、三宿のしゃぶしゃぶ屋さんで会食。すると同席者の知人がお店に入ってき...</summary>
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        　5月15日、三宿のしゃぶしゃぶ屋さんで会食。すると同席者の知人がお店に入ってきて、もうひとりはソムリエ。ワインが進み、最後にはお店の人と一緒になってボトルを空けていったような記憶が。そして、朝。なぜか脇腹に鈍痛。その後はあまり気にせずサーフィンなんか行ったものの、ちょっと気になる。依然として痛いし。そこで数日後、オフィスにある診療所に行ったら、肋骨がしっかり折れてました。昨晩飲んだ友達も鎖骨を折っていて、こんど「骨折力」という題名で本でも書こうという話になっています。そんな力、まったく要らないけど。やれやれ。
        
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    <title>「マティスの時代」展</title>
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    <published>2009-05-24T03:43:57Z</published>
    <updated>2009-05-25T05:02:10Z</updated>

    <summary>　京橋で昼食を取った後、八重洲まで歩いてブリヂストン美術館の「マティスの時代」展...</summary>
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        <![CDATA[　<a href="http://www.thesyntaxerror.net/2009/05/post-615.html">京橋で昼食を取った</a>後、八重洲まで歩いてブリヂストン美術館の「マティスの時代」展を観る。この企画展は全部で10ある同美術館の展示室のうち初めの2室をのみを用いたものなのだけれど、訪問者の体験としてはそれに留まるものではなかった。なぜなら、続く展示室にはマティスが影響を免れなかったであろうピサロやモネ、セザンヌやシニャックの作品が、さらに続々と並ぶからだ。誰の時代と呼ぼうとも、19世紀後半から20世紀初頭にかけてのこの時代の豊潤さは群を抜いているように思える。

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        　それでも、「マティスの時代」の2室はやはり、特に見ごたえがあった。それまで僕は画家の生涯というものについてそれほど興味を持たなかったのだけれど、アンリ・マティス(Henri Matisse)の作品群を追ってそれに初めて興味を持つようになった。展示作のうち最初期のものは1899年の「画室の裸婦」で、最後期のものは1947年の「『ジャズ』IXフォルム」だった。

　それまで僕は、無自覚にもいわば美術史上の点として画家を認識していたのだけれど、ある人物が29歳に描いた作品と77歳に描いた作品との間には明らかに時空の隔たりがある。「画室の裸婦」の色合いには淡い華やかさがあるものの全体としては抑えられたトーンで、そこには「ジャズ」のような明確な色彩の輪郭はない。

　もっとも僕は美術館ではその隔たりを意識しただけで、マティスの生涯について多少の理解を得るのは美術館の売店でこの画家についての本を買って、それを読んでからなのだけれど。ともあれ、そういう時間の変遷を感じられたのはこの企画展のおかげだと思う。

　マティス以外に興味をもったのはモーリス・ド・ヴラマンク（Maurice de Vlaminck)の風景画で、鈍色の空と精細な筆致が印象的だった。ジョルジュ・ルオー（Georges Rouault)の絵には人々に対する慈愛にも似たまなざしが感じられて、「裁判所のキリスト」や「赤鼻のクラウン」には思わず立ち止まってしまう色と形と情景の力強さがあった。

　常設展の方ではモーリス・ドニ（Maurice Denis)の「バッカス祭」は理屈抜きで楽しい。エキゾチックな森で野獣たちと飲めや歌えのお祭り。果たして僕らが、これを願わないままに酒を飲む日があるだろうか、とすら思わせるような酒神賛歌だ。ピエール＝オーギュスト・ルノワール (Pierre-Auguste Renoir)は十八番の少女の肖像もさることながら、光あふれる「カーニュのテラス」がよかった。南仏に注ぐこの朗らかな光を、画家はモデルたちの中に見出したのだろうか。フィンセント・ファン・ゴッホ（Vincent van Gogh)の絵には何を見てもジーンと来て言葉を失ってしまう。

　僕にとって新しい画家たちの作品では、べナール・ビュッフェ(Bernard Buffet)の「アナベル夫人像」はCDのジャケットなんかにも似合いそうなオシャレ感があったし、ザオ・ウーキー(Zao Wou Ki)の抽象画はホテルの寝室に飾ったらさぞ良かろうと思わせる都会的な洗練があった。

　僕ははじめ、19世紀後半から20世紀初頭にかけての豊潤と書きながら、果たして100年後の今はそう呼べるものがあるのだろうか、なんて安易なニヒリズムに足と口を滑らせかけていた。危ない危ない。こんにちもまた、目を見開きさえすれば豊潤な時代なのだ。依然として。
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    <title>京橋ランチ難民</title>
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    <published>2009-05-24T02:30:48Z</published>
    <updated>2009-05-24T03:30:37Z</updated>

    <summary> 　5月9日、ブリヂストン美術館で「マティスの時代」展を観る前に、京橋で腹ごしら...</summary>
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        <![CDATA[<a href="http://picasaweb.google.co.jp/lh/photo/tEjGa2RuF1zKrK1vgUtebA?feat=embedwebsite"><img src="http://lh6.ggpht.com/_QL_5wW5FCcs/Shi4XTNggJI/AAAAAAAAB-E/HeWZddT0eew/s288/IMG_0606.JPG" /></a>

　5月9日、ブリヂストン美術館で「マティスの時代」展を観る前に、京橋で腹ごしらえ...のつもりが土曜日の昼のオフィス街はガランとしていて目当ての店も休業ばかり。それでも日本橋・京橋・八重洲界隈の古いビルにはそれぞれに趣きがあって、歩いていて飽きない。結局、明治屋の裏にある寿司屋にありつく。]]>
        <![CDATA[<a href="http://picasaweb.google.co.jp/lh/photo/dZZdrNo5Zz-L5IvzNodcZg?feat=embedwebsite"><img src="http://lh6.ggpht.com/_QL_5wW5FCcs/Shi4WWsY3II/AAAAAAAAB94/6b3NqOTtDSY/s288/IMG_0603.JPG" /></a>

　「究極のアジフライ」が食べられるという松輪、残念ながらランチは休業。土曜日のオフィス街でランチを営業しない、というのは商売上は正しい選択だから文句は言うまい。だって、無理にランチを営業してそのために店の経営が立ち行かなくなってしまったら、結果的にそれは、アジフライや僕たちにとって良くないことなのだ。

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　<a href="http://nakatak777.exblog.jp/">拓虎氏のブログ</a>で好評のため期待をかけた東京バルバリも、残念ながらランチはやっていない。どう考えても夜が楽しそうなお店なので、ここは別の機会にとっておくとしよう。

<a href="http://picasaweb.google.co.jp/lh/photo/wrczWDjbUHam3V3nJTkckw?feat=embedwebsite"><img src="http://lh6.ggpht.com/_QL_5wW5FCcs/Shi4XL-JhLI/AAAAAAAAB-A/FIwXFMRNpN0/s288/IMG_0605.JPG" /></a>

　その次に期待したダバ・インディアも休業中。オフィス街でランチにありつくのは、とかく難しい。平日であれば12時から13時の間に会社員が殺到するから、オフィスを出る時間や選ぶ店を間違えるとなかなか胃の腑を満たせない。そのため、空いている店を探してウロウロするのを僕らは「ランチ難民」なんて呼ぶのだけれど。

　けれど、空いているはずの休日にもまたランチ難民がこのように生じる。オフィス街における昼食者に対する有効求人倍率は、1週間を通じて依然として低い。

<a href="http://picasaweb.google.co.jp/lh/photo/PQEdRvgzIs1y_t_ihtSXqw?feat=embedwebsite"><img src="http://lh6.ggpht.com/_QL_5wW5FCcs/Shi4XmlnNbI/AAAAAAAAB-I/4K97QV8GRag/s288/IMG_0608.JPG" /></a>

　それでも結局、明治屋の裏にある寿司屋　神楽が開いていたのでここに妻と二人で陣取る。ほどなく友人Tがやってきて、3人で握りをつまみながら昼間っから生ビールなんかを飲んでいると気分がもりがってくる。ボタンエビを追加で握ってもらうと、これがまた旨い。

　機会があったら、平日に京橋でランチを食べてみたいなぁ。特に松輪の究極のアジフライが気になる。究極、ってなんだ、究極って。]]>
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