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観る Archive
あらすじ買い - ストラヴィンスキー「放蕩者のなりゆき」
英国王立歌劇場のスケジュールを確認したら、水曜日はストラヴィンスキー「放蕩者のなりゆき(The Rake's Progress)」という作品が上演されるようだった。結局、その晩は会食になって観劇は叶わなかったけれど、ストラヴィンスキーのこの作品、なかなか面白そうだ。それにしても、英国王立歌劇場(Royal Opera House)がYouTubeで興行の告知をしているのには驚いた。
豊潤の3部屋 - 英国国立美術館
ロンドン二日目の打ち合わせは午後3時からだったので、いろいろ思案した挙句、英国国立博物館(The National Gallery)に行く。もちろん何点かの目当てはあったけれど、ちょっとした暇つぶしのつもりだった。けれども、近代絵画のあまりに豊潤な収蔵品に取り憑かれ、結局は年代別に並んだ展示室のうち最後の3部屋で4時間もつかまってしまった。僕は思い立って、一冊のメモ帳――表紙はゴッホ「糸杉のある麦畑」だ――を急いで売店で買って、その3部屋の展示作を余さず書き留めた。個々の感想の前に備忘として書いておこう。
映画「ラスベガスをぶっつぶせ」
ロンドンに向かう機内で、映画「ラスベガスをぶっつぶせ」を観る。MITの天才青年がブラックジャックでカード・カウンティングをする話なんだけれど、僕は去年の冬にラス・ヴェガスでまさにこのカード・カウンティングのお先棒を担がせてもらったので、あのスリルが蘇るようだった。一方、こんな映画が世に出るくらいだから、もう、カード・カウンティングは過去のものになりつつあるのかも知れない。
てにどう「心優しき野郎ども」
- June 29, 2008 11:15 PM
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中野の小さな劇場へ、芝居を観に行く。小劇場での観劇は昨年10月の東京イボンヌ「無伴奏」ぶり。下北沢のバーで演劇関係者に「彼らのシチュエーション・コメディはいい」と勧められるままに、数週間後にこうして劇場を探しながら中野の路地裏を歩くのもなんだか酔狂だ。けれど、酔狂とはいいつつ、自らも演じる目の肥えた人たちの勧めに従っただけだから、この芝居を楽しんで帰ったのは当然といえば当然の結果なんだけれど。
愛の港に平和を求めよ - 英国王立歌劇場/ヴェルディ「シモン・ボッカネグラ」
ロンドンに着いて会食の予定を最終確認し、空き時間を確かめる。泊まっているコヴェント・ガーデン(Covent Garden)は劇場街だから、オペラを観よう。王立歌劇場のサイトを見るとヴェルディの「シモン・ボッカネグラ」という作品が上演中で、座席も僅かに残っている。50ポンドの桟敷席を見つけて早速予約する。そんな"飛び込み"の観劇ながら、話の筋も音楽も素晴らしかった。男子の権力闘争と女子の愛。平和は愛の港にこそあるんだよね。
コヴェント・ガーデン王立歌劇場
空き時間ができた。絵画を愛する上司は国立美術館に、歌劇をかじる僕は王立歌劇場に行く。1週間ほど前にニュー・ヨークのキャバクラでオレンジレンジを歌いながら半裸になっていたのと同じ組み合わせだけど、守備範囲の広さが売りなのです。さて、王立歌劇場。歌劇そのものの話とは別に言及したくなるほど、素晴らしい劇場だった。多くの歌劇場を知っているわけではないけれど、ダントツの予感。
映画「チャーリー・ウィルソンズ・ウォー」 - 神と我が正義
- May 8, 2008 11:03 PM
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ロンドンに向かう機内で、映画「チャーリー・ウィルソンズ・ウォー」を観る。「母べえ」のあとに観たから予算規模の違いとともに、戦争に向かう機運の違いが際立つ。日本とアメリカ、第二次世界大戦と冷戦、庶民と議員の違いは大きいからそれは単なる印象に留めておくけれど。もちろん、イギリスとアメリカとを混同するつもりもない。けれど、「チャーリー・~」が描くアフガニスタンへのアメリカの関与を説明するのは、「神と我が正義(そして権利)」という気分が、あるいは近いかも知れない。そんなことをふと思う。
男子よ、王子たれ - 映画「魔法にかけられて」
ニュー・ヨークからの帰りの機内で観たディズニー映画「魔法にかけられて」に感動。「アルマゲドン」、「ハービー」、「カーズ」に続く機内ボロ泣き映画。この4作、いずれもディズニー系作品なのは偶然? ともあれ、おとぎ話の普遍性と全女子のお姫様性を思う。(以下、ネタバレあり)
ニュー・ヨーク・フィルハーモニック 第14,616回公演
午後6時半、打ち合わせを終えた僕はホテルで上司と別れ、いそいそと北を目指す。目指すはリンカーン・センターでの、ニュー・ヨーク・フィルの演奏会。ピアノのマルタ・アルゲリッチ(Martha Argerich)が体調不良のためお休みで残念だったけれど、マンハッタン最後の夜を楽しむ。(写真は練習風景)
東京のオペラの森/チャイコフスキー「エフゲニー・オネーギン」
A.C.E.とA.S.C.をめぐる謎の終焉
- March 9, 2008 8:52 PM
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僕は、二種類の人類のうち、映画のクロージング・クレジットを最後まで見るほうの人種だ。それは、映画が楽しければ終劇のあとに拍手をして(デートでは恥ずかしがられがちだ)、作品の余韻と映画の楽しさを噛み締めるデザートのようなものだ。とはいえ、腑に落ちない個所もないわけではない。僕は人名のあとに「A.C.E.」だの「A.S.C.」だのといった略語を目ざとく見つけてしまうのだけれど、この意味は長年の謎だったのだ。
ゴーイング・コンサーン - 野狐禅ライブ (下北沢 Club Que)
最近教わった現代版フォーク・デュオ、野狐禅をはじめて生で堪能。直前まで「鈍色の青春」を聴き込む。もう1枚借りた「東京23区推奨オモイデ収集袋」は結局1度通して聴いたかどうか、ってくらいだ。なぜか? たまたま先に再生した「鈍色」が絶対値としてとても良かったもんだから、餓えた野良犬が"三角食べ"をしないように、僕はまず与えられた「鈍色」に食らいついていた。ライブの音楽も、それ以上の怒涛の勢いで、僕の空きっ腹に流れ込んできた。
プロポーズ・アゲイン - プラハ国立劇場/モーツァルト「フィガロの結婚」
「魔笛」に続いて、プラハ国立劇場の「フィガロの結婚」を観る。歌喜劇(オペラ・ブッファ)「たわけた一日、あるいはフィガロの結婚」という題名通り、これは滑稽なドタバタ劇だ。けれど、それでいて、痛快な計画やその失敗やお互いの誤解の末に3組のカップルが結ばれる結末は温かさに溢れている。そして、観劇して気づいた重要な通奏低音は、伯爵夫人の夫への思いだ。
人類はゲームで進化する
- January 31, 2008 4:41 AM
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なんてことを思わせるくらい、この子どものダンレボ(Dance Dance Revolution)のステップっていうのは上手いわけです。京都府八幡市教育委員会がニンテンドーDSを授業に取り入れたりしてるのを思い出したりしつつ。子どもは外で遊べ!とか思いつつ、どうせゲームするなら「たけしの挑戦状」よりもダンレボのほうが教育的かもです。「たけし」に学ぶものも多かったけど(半分嘘)。
人間パパゲーノの普遍 - モーツァルト「魔笛」
モーツァルト「魔笛」は、冒険譚の形式をとっているから、その"形式上の主語"である王子タミーノの成功は結構なことだ。けれど、鳥刺しパパゲーノの個人的な幸福はタミーノの成功よりも心に迫るものがあり、僕はこの果報者を物語の"意味上の主語"としたい。彼の素朴な、そして普遍的な人間性は、劇中で何にも増して魅力を放つ。
善だとか悪だとかじゃなくて - モーツァルト「魔笛」
モーツァルト「魔笛」は、善悪の二元論で解釈しようとすると混乱してしまう。王女パミーナを誘拐した"悪"のザラストロが、劇の途中で、"賢者"になってしまうからだ。それを台本の誤謬とする説もあるようだけれど、タミーノとパパゲーノを主人公として作品を鑑賞する立場をとれば、異なる価値体系の並存こそは、ふたりの主人公の処世を描くために欠かせない二張の背景なのではないだろうか。
プラハ国立劇場/モーツァルト「魔笛」
夕方に会社をいそいそと出て、東京国立劇場へ。プラハ国立劇場の東京公演、モーツァルト「魔笛」を観る。DVDで"予習"したアウグスト・エヴァーディング(August Everding)演出のものに比べて、演出上の疑問は残った。とはいえ、僕はパパゲーノのおかげですっかり幸せな気分で、観劇後、アメ横のガード下でしこたま熱燗をあおる。
N響/チャイコフスキー
2007年11月16日、N響の公演を聴きにNHKホールへ行く。このホールに来たのはスクリャービンぶりだから、2年ぶりに近い。2年といわず10年といわず、相変わらずの古ぼけた雰囲気が好きだ。
Tokyo Jazz 2007 Meets Blue Note Tokyo
「100s LIVE TOUR 2007百来来!!!!!!」最終特別公演
両国国技館で、中村一義率いる100sのライヴに行ってきた。
まず、国技館ってのがウケるよなー。ライヴできんだ。聞けば一義くんはこのへんの中学校/高校に通ってたらしく、国技館の前を通って通学してたらしい。まえに「ほぼ日」のインタビューで彼の地元に対する思いみたいなのを読んでたから、地元の凱旋公演に僕まで嬉しくなるんだよなぁ。そりゃ、AXだったり渋谷公会堂(といまでも呼びたい)だったりしたら便利なんだけど、そんな特別な地元だったら両国ってロケーションも含めて100s。そんなわけで秋葉原の乗り換えも堪能。
http://www.1101.com/MOTHER3/2006-08-04.html
ぼくも、江戸川区に生まれ育って、
両親が別れても絶対にそこを離れたくなかったっていうか、
自分を育ててくれた土地なんだから、
「ここが親だ」ぐらいに思って離れないっていうふうに
思って暮らしてたんですね、ずっと。
とは言え、僕は100sの歌をそんなに知ってる訳でもなく、聴いても日本語のヒアリングが難しいから歌詞もうろ覚えで、海外出張なんかがはいったせいで十分な予習もできてないんだけど。そんでもライブは超堪能。満喫御礼。しょっぱな、いとうせいこう――もとい、足軽先生――が裃で登場して、メンバー全員で鏡開きとかしてるし。トークもいい感じでグダグダで、池ちゃんひとりで突っ走ってるし、すごくスペシャ的。もちろん賛辞として。
音楽的には、新しいアルバム「ALL!!!!!!」のなかでは「まんまる」が僕ら的にもめちゃ盛り上がり。さっき書いた通り、僕は前もって曲をぜんぜん聴けてなかったんだけど、席に着いてすぐ彼女に「この部分はぜったい出る」的なテスト直前の教科書チラ見的な感じでiPodのイヤフォンと歌詞カードを渡されて聴いて大ウケした通り、というかそれを踏まえたハイジャンプとして、ライブは最高潮高潮朝潮高砂親方。
まさか。分かる?なにかのメッセージ。
まさか、上に?夜空、雲ひとつなく。
「入んな、入んな!」声にビビり、
「ま、入んな、入んな!」…っつうか、もう、もう…。
イェス!デカイまんまる。満月だ、まんまる。
入んな、入んな。そんなビビんなって。
たまには、ブルースも笑って。
――中村一義「まんまる」
とはいえ、さらにダメ押し的によかったのが、本当のアンコールーーというのも1時間くらいでいったん終わったっぽくなったので、そこでいっかいアンコールしてるからなんだけど、というか、「終わったっぽい」ってめちゃユルいライブだよね――でやった「永遠なるもの」と「キャノンボール」。感動で絶句。
全ての人達に足りないのは、ほんの少しの博愛なる気持ちなんじゃないかなぁ。
愛が、全ての人達へ・・。
あぁ、全てが人並みに・・。
あぁ、全てが幸せに・・。
あぁ、この幼稚な気持ちが、どうか、永遠でありますように。
――中村一義「永遠なるもの」
pinero
- January 22, 2004 12:00 AM
- 観る
「ピニェロ」
監督:レオン・イチャソ(「クロスオーバー・ドリーム」)
出演:ベンジャミン・ブラット(「デンジャラス・ビューティー」)
タリサ・ソト(「マンボ・キングス わが心のマリア」)
リタ・モレノ(「ウェスト・サイド物語」)
音楽:キップ・ハンラハン
2001年/アメリカ映画/カラー/35mm/1時間35分/ヴィスタ/ドルビーSRD
提供:メディア・スーツ+アーティストフィルム+セップ
配給:メディアスーツ
http://www.mediasuits.co.jp/pinero/
CASSHERN
- January 16, 2004 12:00 AM
- 観る
CASSHERN
[監督・脚本・撮影監督・編集] 紀里谷和明
[脚本] 菅正太郎/佐藤大
[プロデューサー] 宮島秀司/小澤俊晴/若林利明
[原作] 「新造人間キャシャ―ン」株式会社竜の子プロダクション
[CAST] 伊勢谷友介/麻生久美子/寺尾聰/樋口可南子/小日向文世
[上映時間] 未定 2003年日本映画
[製作] 「CASSHERN」パートナーズ
[配給] 松竹
http://www.webstyle.ne.jp/movie/roadshow/0312casshern.htm
SKIPシティ シンポジウム 「70年代VSデジタル」
~映画『CASSHERN』が生まれるまで~
オープン以来、彩の国ビジュアルプラザは次世代の映像制作拠点として活動を続けています。デジタルによる映像表現は、クリエイターの想像力を広げ、これまでにないストーリーを生み出す可能性に満ちています。そのような中注目されるのが、1970年代に一世を風靡したアニメーションを実写化する新しい日本映画の登場です。オリジナルかつ夢のあるストーリーと個性的なキャラクターが、デジタル表現によってどのように生まれ変わるのでしょうか。長きにわたりアメリカで活躍し、日本を見つめていた紀里谷和明監督が、生み出した「日本発のヒーロー映画」。2004年GWの公開が待たれる中、その着想から製作までを、宮島秀司プロデューサーとともにお話を伺います。
http://www.skipcity.jp/event/oneyear.html#sinpo
「スピリット」
- January 14, 2004 12:00 AM
- 観る
監督:大江俊哉
出演:玉木宏、高岡蒼佑、岡元夕紀子、長谷川潤
製作:日販、ケイエスエス、スペースシャワー
制作:SEP
P:小林智浩、片山武志、マツムラケンゾウ
脚本:鈴木雄一朗、渥美志保
音楽:田中裕之
主題歌:Silly "sincerely"
サウンドトラック
- January 11, 2004 12:00 AM
- 観る
出演: SUGIZO, 柴咲コウ, その他
監督: 二階健
元LUNA SEAのSUGIZOが主演と音楽監督を務めたスピリチュアル・ファンタジー映画。幼いころ、両親を目の前で殺害された幼い兄妹。やがて時が経ち、兄の志音(SUGIZO)はヴァイオリニストになるが、妹は事故で死んでしまう。そして数年後、彼の前に妹そっくりの美少女ミサ(柴咲コウ)が現れる…。
デジタルや字幕を効果的に用いた幻惑的イメージ映像と音楽の融合と羅列により、愛と音楽の美しい奇跡を描くことで従来の日本映画のドラマ感覚から大きく離脱させようとした二階健監督の手腕には注目すべきものがあるが、主演ふたりの好演の方が大きな魅力。やはりどんな映像も人間重視であってほしいと思うのである。多分にMVD的テイストではあるが、そのラインをギリギリ逸脱していないところに好感はもてる。(的田也寸志)
作り込まれた世界観を見せる、映像作品。物語を伝える、というよりも。たしかにミュージュック・クリップのテイストが満載で、SUGIZOがヴァイオリンを弾くと一気に映像が盛り上がっていく。
一番おもしろかったのが、ファンタジーの「縁(へり)」が描かれていること。「ひっそりと二人だけの世界で生き」る兄妹、というのは狭義の純粋なファンタジー世界なんだけれど、彼らの家の扉には「変態兄妹」の落書きが。あれほど中世ヨーロッパ+ジプシー風味で耽美的に突っ走ってきながら、いきなり現れる「変態」語感・字感にノック・アウト。で、この「変態兄妹」ってのは、明らかに二人の生きるファンタジー世界の「外の世界」を見せていて、それって「額縁」だな、と。
にしても、93分は長いかも。15分くらいの小品にまとめたら、そんなにコアじゃないヒトも食傷にならずに世界観を楽しめたかも。
「TAXI3」
- December 29, 2003 12:00 AM
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原題:TAXi3
製作・脚本:リュック・ベッソン
監督:ジェラール・クラブジック
出演:サミー・ナセリ、フレデリック・ディーファンタル、ベルナール・ファルシー
2003年フランス映画/1時間27分
配給:アスミック・エース
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